第22話
帰る道も、ミラは楽しい気分だった。
歩けるようになった足がうれしい。つい歌を口ずさみながら、踊ってしまう。
シルヴァーンが微笑みながら歩いている横、前、後ろを、何度もくるりと回転しながら、華麗な舞を見せていた。が、最後によろめいて、シルヴァーンをあわてさせた。
「水遊びは体力を使うものです。それに、まだ足に力が戻っていないのに、無理をしてはいけません」
ミラをささえながら、彼はたしなめた。ミラは、笑顔で平気と答えた。
「昨夜……エルヴィルと踊って……楽しかったですか?」
聞きにくそうに、シルヴァーンが聞いてくる。ミラは驚いて、彼の顔をじっと見つめた。
「昨夜のあなたは楽しそうで……いえ、忘れてください。聞かなかったことに……」
やや頬を染めて、シルヴァーンは視線をそらした。
ミラはいたずらっぽく笑った。無理矢理シルヴァーンの手を取ると、先ほど失敗したターンを決めてみせた。
「私は、あなたと踊りたかったのに」
外の世界を知らない人。
ひたすら純粋で、たぶん妬くということも知らないのだ。
エルヴィルのような外を知りつくした男にとって、格好のからかい相手になっているのだろう。
残酷なことではあるけれど、情報を受けるだけの者が、仲間内で軽んじられてしまうのは仕方がないことだ。養われるだけの自分が、旅一座でどのような立場にいたかを考えれば、想像がつく。
エルヴィルたちは、シルヴァーンの犠牲を犠牲とも思っていないのかもしれない。一族の定めで当然だとでも思っているのだろうか? ほんの少しだけ、憎く思う。
閉じ込められた世界から離れられないと思うのは、そうしないからかもしれない。
真実は、ためしてみないとわからない。
「私、旅の一座を離れたら、生きてはいけないと思い込んでいたの。でも、きっとそうじゃない」
歩きながら、ミラは話を続けた。
「きっと二人、力を合わせたら、どうにか食べていけるくらいの稼ぎにはなる。だいたいエルヴィルにできて、あなたにできないことなんてないわ。私は踊って稼いでみせる。そして、いつかリューに家がもてるようになるといいわね。そして……子供もほしい」
自分の夢を語ってしまって、ミラはちらりとシルヴァーンの顔を見た。彼が森を捨てるはずはない。否定されるに違いなかった。
シルヴァーンはうつむいたまま、しばらく無言だった。空気が重くなりかけて来た時、小さな声で、つぶやいた。
「それが、あなたの夢?」
「そうよ、気に入らない?」
否定されても落ち込まないよう、ミラはわざと冗談めかして明るく言った。
「……気に入らない」
あっけないほどに簡単に、シルヴァーンが答えた。
「踊ってもいいけれど、稼ぐ必要はない。あなたが他の男に羨望の眼差しで見られるなんて、私にはきっと耐えられないと思う。そうなったら、私がどうにかするから……」
ミラは口をつぐんだ。
今の言葉を、耳の奥に留めておきたかった。
風に銀の髪が舞う。
シルヴァーンの視線は、はるか遠くを向いている。
「エルヴィルは私をよくからかって遊ぶけれど、彼の話は楽しくて、あなたと出会うまでは、彼らが帰ってくる日だけが楽しみでした」
ミラがおしゃべりを止めてしまったせいか、シルヴァーンが話し出す。
「我らは、よく共鳴する。私は常にこの森にいたけれど、話を聞くたびに遠くへ行ったような気持ちになる。エーデムの地や、ウーレンの大地、そしてミラのいるリューマの地にも……」
ミラの気持ちは高揚した。
シルヴァーンも、本当は外の世界を見たいのだ。外にあこがれているのだ。
あまりに滑らかに彼の口から出てくる世界は、ミラが今まで見てきた世界だ。だが、まったく印象が違った。
一座に連れられて各地を転々としたミラには、まったくいい思い出がなかった。素晴しい景色も街のにぎやかさも、すべて辛い思い出と繋がっていた。
だが、シルヴァーンとともにあれば、すべては色鮮やかに輝き出すような気がした。思い出はすべて洗い清められ、美しい世界だけが残っていった。
「旅もしたいわね。その日その日で気ままな気分で、行きたい所を見つけるの」
「家を持ちたいのではなかったのですか?」
シルヴァーンの質問に、ミラはフフフと笑った。
「家も持ちたいけれど、それは、あなたが行きたいところを全部回ってから」
シルヴァーンも笑った。
「あなたは、少し欲張りだ」
ミラは、都合の悪いことをすべて忘れて、夢を膨らませたかった。
ミラの世界、リューの街で家庭を持ち、幸せに暮らす夢。
現実的な夢だ。
しかし、ここでは幻想だった。
村の入り口に差しかかった頃。
楽しそうに話していたシルヴァーンが、やがてうつむき、ぽつりといった。
「ミラ、あなたは一座に戻ってはいけない。エルヴィルが……リューまで送り届けてくれるから……」
ミラもうつむいた。
楽しい夢は終わったのだ。
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