第12話 僕、崇め奉られて疲れる

 クルセルの街についたのは昼過ぎ。アルクメネでの反省を生かして宿を早めに確保した僕達は、馬車の厩にロバ君を預けて、教会への道すがら都市観光と洒落込んで居た。


 アルクメネの町長がクルセルに出張して居た事からもわかる通り、クルセルはこの一帯の都市の元締めだ。大都会とまでは言わないが、裁判所、図書館、教会の大聖堂とそれに併設された治療院、更には行政を担う議事堂など、重要施設は大体集約している。騎士団の規模も大きく、傭兵組合の支部も大きい。


 そんな街なので、人通りも市場の活気もアルクメネを凌駕する規模だ。……人混みで時折スリにあったので、そこまで治安は良くなさそうだが。


「旦那さんにスリなんて馬鹿だなぁ。姉さんもそう思うでしょ? まぁね。でも、ご主人様の雰囲気は優しげだから、勘の鈍い連中にはカモに見えるのかも」

「ん? ヘンリエッタは怖い雰囲気の方が良いのかい? コワモテにトキメク的な?」

「勇猛に戦うご主人様を見てると無いはずの子宮がキュンキュンするけど、優しいご主人様も好きよ? 俺は優しい旦那さんが好き! あとお姉ちゃん、それ多分子宮じゃなくて僕のおちんちんの付け根だよ……?」


 意外と高評価な様でご主人様的には安心だが、オーティスもヘンリエッタも、天下の往来でおちんちんとか子宮とか言わないでほしい。


 なお、話題に上っているスリ君だが、阻止しようと腕を掴んだらうっかり尺骨と橈骨をまとめて握り潰してしまい、騎士団を呼んだは良いものの軽いお叱りを受けてしまった。前科者相だったので事情は把握して貰えたのだが、確かに人違いだったらヤバかったので反省はしている。


 昨日食らった亡霊も含めた現在の僕の身体能力は『二十人力』。ざっくりだが、握力は密林に住む大猩々ゴリラの2倍はあるという計算だ。うっかり掴んだスリ君の腕がへし折れるのも頷ける。


「咄嗟のことで力加減が出来なかったからなぁ。……でも、そろそろちゃんとした武器を考えないとね」

「ご主人様用だし、やっぱり大鎌?」

「あれは農具でしょヘンリエッタ。なんで草刈り道具でわざわざ戦うの? あれ、確かに便利だけど武器にはならないよ?」


 ヘンリエッタが挙げたのは農家なら男女問わず使える大鎌。一人でも半日で畑一面の雑草を刈り取れる草刈りの強い味方だが、武器としては使い物にならない。


「柄から刃まで総鍛鉄製の大鎌なら武器になるわよきっと」

「それ、メインの戦法は柄で撲殺だよね? 長竿の先についた直角の刃を当てるのって相当な技だよ?」

「旦那さん旦那さん、刃をいくつかつけたら当てやすいよ」

「それもう、斧で良くないかい、オーティス。…………いや、割と真面目に斧は有りでは?」


 重量級長柄武器で、振り回せさえすれば鎧を着ていようが一撃必殺、これを満たすのがバルディッシュやクレセントアックスなどの長柄の大斧だ。斬首刑にも使われるので、ヘンリエッタが推したいらしい『死神のイメージ』とも反しないし。


「ヘンリエッタ、斧刃の腹に『汝の罪を清めん』とか彫り込む方向で死神要素は妥協しない?」

「……アリだと思うわご主人様。そうと決まれば早速鍛冶屋に行きましょう!」

「いやいや、待って。今こうして歩いてるのは観光もだけど、教会の聖堂に行くためだから。先にそっちね。……というかヘンリエッタは何故にそこまで死神推しなの?」

「私なりにご主人様の事を考えて、かしらね。……悪人の業を殺害によって清めるのがご主人様の使命なんでしょう? なら、その活動を行うご主人様が印象的な見た目や特徴を持つ事はいい事のはずよ」

「ふむ?」

「私もオーティスも、小さい頃は母親に『悪い事をしていると悪魔に攫われる』とか『悪人は死神に殺される』とか言われたのよね。でも、やがて人間って『別に悪い事をしても死神も悪魔も来ない』って気づいちゃうのよ」

「ああ、なるほど。つまり、抑止力か。本物の死神が悪人を殺し回っていると誰もが知れば、悪に堕ちる人は減るかも、って事ね。……偉いぞヘンリエッタ。いい案だと思う。今晩ご褒美をあげよう」

「旦那さん、俺もご褒美欲しい!」

「じゃあオーティス、僕がご褒美をあげられる様に、何か僕にしてね」

「んー。んんんー……。うー」


 腕を組み、可愛い口元を結んでウンウンと唸るオーティス。……いや、うん。あざとい。なんだこの男の子。男娼ってこんなにあざといもんなの?


「うぬー。……あ、ご主人様。オーティスのコレは天然だから。二次性徴が来るまでは人気の男娼だったのよ、コレのお陰で。………あ、旦那さん旦那さん、俺、武器の事ちょっとわかるよ! ……オーティス武器の目利きが出来るのは確かよご主人様。男娼を卒業して、召喚の警備をやるってなった時に、馴染みの傭兵やら剣闘士やらに散々仕込まれたみたいだから」

「なるほど。じゃあ教会の後に腕のいい鍛冶屋を探すのを手伝ってもらおうかな」

「うん!」


 うん、いい笑顔だオーティス。僕の後ろにいたお姉さんに流れ弾が当たって居るぐらいに。……うん、この子危険だな? 人誑しっぽいとこがある。


 お姉さんのヘンリエッタは「ふっ」とか「ニヤ……」って感じの笑みなのでオーティスの様な全方位殲滅笑顔てんしのほほえみにはなっていない。個人的には好きだけれども。


「うーん。さすが娼婦と男娼というべきなのか……? ……っと、此処か。思ってたのよりだいぶ大きいな」


 喋りながら歩いていたら、いつの間にやら目的地に到着していた。————クルセル大聖堂。この都市の教会である。


 盛土で土台をがっしり組んでいるのか、聖堂までは10段ほどの階段になっており、その先の大きな門にはハルバードを構えた聖騎士が番をしている。……のだが、めっちゃ見られている。


 こ、怖い。オーティスと同系統の視線を筋骨隆々長身巨躯のフルプレート聖騎士から向けられるという恐怖がコレほどとは。……というか感知範囲広くない? 奴隷紋とは逆に奴隷側から主人を捕捉できるとでもいうのか?


 ……まあ良い。とりあえず、欲しいのは公的身分だ。根無し草の旅人野郎では信用もクソもないから、宿代も随分嵩んだ。身分証の提示で割り引かれる料金は意外に多いのである。筋肉達磨からの熱視線に怯んでいる暇はない。


 覚悟を決めて階段を登り、極力早歩きで門を潜る。……やめろ門番、最敬礼するな、前屈体操並みの角度だぞそれ。いやマジでやめてください。畜生、絶対目立った。


 というか偶々教会から出てきたお爺さんがなんか勘違いした目線を向けて来たじゃないか。お爺さんすいません、僕、別に教会の偉い人じゃないんです。だから拝まないで。


 …………僕のメンタル持つのかコレ。


「オーティス、ヘンリエッタ、君達が頼みの綱だよ……」

「うわぁ、凄い、旦那さん見て、助祭さんが土下座してる。あ、司祭様も」

「うぐぅ!」

「ちょっとオーティス、なんでご主人様に追い打ちかけたの!? 大丈夫よご主人様、ほら、私と手をつなぎましょう?」

「ありがとうヘンリエッタ」


 もっと堂々と出来れば良いのかも知れないが、僕の精神性の基本骨格は一般人を軸にして使命への執着や熱意を組み込んだ設計になっている。『高貴さ』やら『超越的な善性』やらを基軸にした兄姉達に比べると根本的に『崇め奉られる状況』への耐性が無い。


 そうあれかしと世界が望んだが故に『使命のことを除けば人間的な人格』を搭載した僕はこんな苦しみを受けている訳だ。……いやまぁ、他の天使とは根本的に使命が異なる——非常に雑に言うと僕以外の天使は文官系で僕は武官系である——為に、それに応じた柔軟な思考や等身大の人間目線が必要だったのだろう。それは分かってはいる。


「ままならないなぁ………。はぁ……愚痴っても仕方ないし、用をとっとと済ませよう、そうしよう。……えっと、そこの司祭様。身分証の発行をお願いします。素性は御察しの通りなので、その辺りの偽装もお願い出来ますか。完成したらこの街の『可愛いめんどり亭』までお願いします」


 初恋の人に告白する思春期の餓鬼かと言うほどの早口。意図してではなく冗談抜きで緊張して落ち着いていられない。声もちょっと震えていて情けない限りだ。……が、それでも司祭さんはちゃんと聞いてくれていたらしい。


「委細承知致しました、天使様。我が身命に変えても必ずや使命を遂行いたしましょうぞ」

「いや、そこまでじゃなくても……というか土下座はやめて欲しいのですが」

「矮小なる我らは天使様の威光に目が眩み、地に臥してしまうのです。天使様の御心に添わぬ姿勢であったとしても、この卑賎な身に宿る魂が平伏せよと訴えるのです。何卒、何卒御慈悲を……」


 うわぁ。そういう事情があるのか。……コレはお互いの為にも早急に立ち去らねばなるまい。


「……そうですか。じゃあ僕はコレで失礼します。すいません。お忙しい中お邪魔してしまって」


 言うなりオーティスを抱っこしてダッシュで逃げた。もう、しばらくは教会には近寄りたく無い……。



「お疲れ様、ご主人様」

「うん。……崇められるのってしんどいんだなぁ」

「旦那さん旦那さん! 鍛冶屋探ししよ! 約束だよ、やーくーそーくー!」

「……うん。……オーティス、ご褒美確定。ずっとそのままの君でいてね……」


 手足をパタパタさせてはしゃぐオーティスは、控えめに言って超可愛い。心が清められる気すらする。……天真爛漫な美少女は良いものだ。うん。美少女じゃなくて男だけども。


 抱き締めると仄かに甘い匂いがするし。なんか落ち着く。……抱き合うことで精神的負荷が軽減できるという心理学の話は本当らしい。


 …………あれ、これ誰の記憶だ? 心理学者なんて食った覚えは……あ、結婚詐欺師か。なるほど?


「……ふぅ、余計なこと考えられるぐらいには落ち着いた。早速鍛冶屋を探そうか、オーティス」

「うん!」


 さて。大斧は無事手に入るかな?

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