第11話 僕、不寝番が暇すぎて辛くなる

 夕暮れ時。街道沿いに幾つかある休憩所で馬車を停めた僕達は、またしてもヘンリエッタにスープを作って貰い、そこに浸してふやかした黒パンを頬張っている。明るい内に近くの森の入り口で掻き集めた薪に火を灯し、野営の準備は万全。今日はここで夜を明かすつもりだ。


 夜は魔物の時間。亡霊の類も出没し、いかに整備された街道の側であっても油断は出来ない。通常の旅人にとっては睡魔と外敵に耐えねば成らぬ苦痛のひと時だ。亡霊避けに聖水を撒き、魔物に対抗するべく不寝番を立てるのだが、動物は基本的に徹夜する様に出来ていない。


 が。僕は睡眠いらずの化け物だ。徹夜など、ちょっと退屈な以外は全く問題ない。節約の為に寝袋もオーティスの分だけしか買っていないし。


 贅沢を言うなら同じ不寝番の旅人でもいれば話し相手になったのだろうが、この休憩所には僕達の馬車のみ。今晩は大人しく一人で夜更かしである。


「ね、ご主人様。私が起きといてあげよっか?」

「却下で。……ヘンリエッタ、君が起きてるとオーティスの身体が休まらないでしょ。姉弟仲良く寝ててね」

「はーい。……じゃあ旦那さん、寝るまでエッチしよ!」

「オーティス、君ねぇ、お昼にしたでしょ? 明日はクルセルの街に着くから、そこの宿まで我慢してね」


 僕がそう言うとオーティスは頰を膨らませて不満を述べた。……男がやると大体ムカつくか気色が悪いかの二択になる行動のはずだが、少女の様な見た目のオーティスがやると可愛さしかない。


「えー。旦那さんのケチ」

「ケチじゃなくて堅実なの。昼間は比較的安全だからヤったけどね、夜の野外はシャレにならないの。普段なら亡霊ぐらい素手で取っ捕まえて喰い殺せるけど、エッチしながらは流石に無理」

「……わかった。クルセルの街についたら俺のお腹がタプタプになるまで頑張ってよね、旦那さん」

「僕、枯死するんじゃないかなそれ」

「大丈夫よ、ご主人様。ご主人様なら死なないから」

「暗に常人なら死ぬ責め苦に合わせる宣言をしないでね、ヘンリエッタ」


 まったく。元が男娼と娼婦だとはいえ些か色ボケが過ぎるのではなかろうか。……うん、まぁ、その原因が奴隷紋によって「ご主人様愛」的な物が無限に高まっているせいなのはわかっているので、無下には出来ないのだが。


「でもクルセルかぁ。ね、ご主人様。クルセルに行ったら傭兵組合に行かない?」

「傭兵組合? ……ああ、食った傭兵の記憶にあるね。傭兵たちの互助機関か。因みにどうして? 折角だけど僕は傭兵になる気は無いよ」

「あら、そうなの? ……でも身分の証明が出来ないと色々不便よ?」

「ああ、そこを心配してくれていたのか。……正直、気は進まないけどアテはあるんだ。クルセルに着いたら、『教会』に寄るつもりだよ」

「教会って、神様を崇めたり、啓示を受けたりするあの? なんで…………あ。そっか」

「うん。やる事なす事それっぽく無いけど、これでも一応天使だからね。敬虔な聖職者なら一目でわかるはずだよ」


 聖職者。地方によって微妙に信仰形態に差異はあるが、この世界において神に仕え、『神の従僕』となる事を誓った者は、神の力の一端としての特殊な魔術を使用できる。


 俗に秘蹟、法術、神通力なんて呼ばれるその力は、強力な治癒魔術であったり、水に付与して亡霊を退ける聖水を作る力だったりと、かなり有用で強力だ。


 が、それを使うたびに神とその部下たる天使への絶対忠誠がじわじわと魂に刻まれるのだ。控えめに言って奴隷紋と大差無い。


 つまり、敬虔な聖職者は僕に対してオーティス並みか、それ以上に好感度が高いわけだ。一見それは悪いことには思えないだろうが…………想像してほしい。見ず知らずの他人の好感度がMAXという状態を。しかも、聖職者は老若男女を問わないのだ。


「天使だし仕方ないんだけどさ、聖職者とはいえ、好感度突き抜けた初対面の人とか怖くない?」

「美人のシスターかもしれないじゃない」

「それはそれで罪悪感がすごい……」

「ご主人様、割とこう、人殺しっぽく無いわよね。殺し回ってる時はあんなに凶暴なのに」

「小心者でヘタレの大量殺人鬼というのは矛盾しないよ、ヘンリエッタ。……ところで、もうオーティスは寝たみたいだし、ヘンリエッタも寝たら?」

「……おやすみのキスをしてくれたらね」

「やれやれ。ずるいお姉ちゃんだ。……おやすみ、オーティス、ヘンリエッタ」


 僕はそう言って額にキスを落とし、髪を梳かす様に軽く頭を撫でてから、その華奢な体を横抱きにして、馬車の荷台へ戻した。


 既に日は沈み、魔物の時間は近い。薄明の内に寝入ったオーティスとヘンリエッタは、何だかんだ僕を気遣ってくれたのだろう。……亡霊や魔物と戦うならば、二人は足手まといになるが故に。


 だが、馬車の中ならばある程度安全だ。少なくとも亡霊や雑魚魔物程度では近寄れない。ロバ君が魔物に襲われては困るので、荷馬車には僕が聖別——聖水やお守りを作成する儀式——をしてある。


 なら僕も馬車の中で寝ても良いのでは、と考えてしまいそうになるが、聖水やお守りは夜盗などの悪人には効果がない。不寝番は必須なのである。


 それに、だ。


 聖水を使っていない僕は、亡霊達からすれば格好の獲物に見える。しかし僕は彼らにとっては捕食者なわけで。————要するに、魂をビュッフェ形式で食べ放題というわけだ。


「一人で不寝番は嫌だけど、まぁ、聖水使わないなら一人になりようが無いよねぇ。……よっと」


 噂をすれば影。早速憑依しようと近寄ってきた亡霊を鷲掴みにして、その堕ちた霊魂を喰い千切る。……なるほど、盗賊の成れの果てか。そこそこ悪どい事をしていた様だが、まぁ普通だ。


 常人相手なら憑依して魂を吸収し、亡霊より上位の『生ける屍』リビングデッド——地方によっては屍人ゾンビ殭屍キョンシー黄泉還りレブナントなどと呼ばれる魔物——へと変貌するのだが、あまりにも相手が悪い。シロアリがアリクイに挑む様なものだ。


「こっちは結婚詐欺師か。うわぁ、3人も自殺に追いやってる……エグいなコイツ。……女性の扱いは一部参考にするけど、こうはならない様にしよう」


 随分と変わり種の悪党だったらしいが、業とは悪意や悪行が元になっている物なので、直接的な殺人鬼で無くとも悪人であればその身に業を抱えているし、仮に正義のためや人助けのためであったとしても殺生を繰り返せば業は溜まる。この亡霊もその類だったのだろう。


 まぁ、英雄や勇者、正義を胸に戦う者は、『善行を積んで魂を強くした』結果、魂の浮力が強く、殺人の業を抱えていても昇天できるのだが。


 ちなみに、この業と魂の格のバランスは英雄の『しぶとさ』にも一役買っている。英雄と呼ばれるまでに至った人物は、魂が業の重さに釣り合っているとはいえ『魂の重み』は常人を遥かに凌駕する。故に生半可な魔術や呪術を跳ね返してしまうのだ。


 風船や気球に例えれば分かりやすいかもしれない。とても大きな風船で家一軒を持ち上げたとして、それを人間が運べるかと言えば、かなり難しい。浮いているのに、だ。それと同様の事が魂にも言える。


 ……。


 ……えっと、何の事を考えてたんだっけか。何で英雄の強さ談義に? ……ああ、そうだ。結婚詐欺でも業は溜まるんだよなという話だった。


 一人で時折やってくる亡霊を取っ捕まえて食うだけだと、暇過ぎて思考が寄り道してしまう。……早く朝にならないだろうか。オーティスの可愛さとヘンリエッタの色気が恋しい。


 そういえば朝になれば亡霊は居なくなるが、これは太陽が概念的に『聖別されている』事が原因だ。強力な光線による視界の確保や洗濯物の乾燥、虫干しに干物づくりなど、太陽は多くの恩恵を人々に与え、それ故に原始的な信仰心を大いに集めてきた。


 そして多くの人々が古来から『聖なるもの』とみなした結果、本当に太陽が神聖なものになったのである。故に直射日光を浴びると亡霊はその身に抱えた業が発火して魂を焼かれながら昇天する羽目になる。控えめに言って地獄の苦しみなので、多くの場合、亡霊は昼間は地下に潜っているというわけだ。


 ……あれ、また変な事考えてるな僕。もういい、亡霊退治に集中だ集中。虫除けの為にも焚き火は絶やせないし。


 あー。クルセルの街についたら安い茶っ葉を買おう。あれだ。不寝番の旅人が茶ばかり飲んでいるのは茶で目が醒めるのもそうだが、何より湯を沸かしたりなんだりで気がまぎれるからだろう。


 このままでは暇過ぎてヤバい。ヤバいのだ。



 あー………………。



 早く、朝が来ないかなぁ。

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