第6話 僕、奴隷に色々聞く
「『小声なら自由に話して良い』……さて、改めてよろしく、オーティス君」
「よろしく、です。ご主人さま」
ロバが引く荷台の上、御者席に当たる場所に腰掛けた僕は、隣に座るオーティス君に会話を許可し、先程の彼の発言について質問する。
「ああ、『話しやすい口調で話して良い』。……さて、聞きたいんだけど、オーティス。さっきの僕のお肉ってのはさ。樽の中に入ってる奴か、それとも僕自身なのか、どっちなの?」
「……樽の方。俺が最初に気づいたのは、姉さんが教えてくれたから。そう、私がオーティスに言ったのよ、貴方が人食いの死神だって。オーティスは悪くないわ。そんなことない、姉さん。俺、びっくりして旦那をじっと見ちゃったから」
まくし立てる様に、一人芝居をする様に語るオーティス君。……いや、『中に2人いる』わけだから1人芝居というのは変か。
そんなオーティス君達はちらりと僕の方を伺って「姉さんは、旦那から逃げない方が生きる目があるって。逃げたら口封じで殺されるって言ってたんだ。そうよ、そう言ったわ。」と続けた。
「なるほど。やっぱり君は姉の魂を取り込んでいるのか。僕の匂いに気づいたのは嗅覚が倍加していたからだろうね」
少年の姿に固定され、筋力や骨格の強度を下げたところで、感覚器官は衰えない。魂が2人分あることで引き上げられたその感覚で僕にまとわりついた微かな死臭を感じたのだろう。……一応、湯で身体は清めたつもりだったんだけども。
しかし、普通、人間が別の人間の魂を取り込めば良くて発狂、最悪の場合体内で魂同士が喧嘩して内側から爆発したり、肉体が暴走して魔物になったりするのだが。オーティス君の場合、血の繋がった姉の魂を食ったのが良かったのかもしれない。
……と、そんな思考を巡らせて僕が黙っているのを勘違いしたのか、オーティス君が不安そうにし始めた。……どうも、生きている人間がずっとそばにいる状況に僕自身、適応できていないらしい。対応ミスと言わざるを得ない。
「安心してほしい。殺す気は無いよ。君達2人は面白いから。……そうだお姉さんの方はなんて言うの。それと、2人は得意なこととか職歴はあるかい?」
「私はヘンリエッタ。娼婦をしてたわ。俺は男娼だったけどヒゲが生えて引退してからは色街の用心棒とかやってた。……あ、姉さんは料理が上手いよ。ちょっとオーティス、私は人並みよ。貴方がまともな店で食事したことがないだけでしょ。……そうなの姉さん? ええそうよ、オーティス、相変わらず貴方ちょっとバカね。……ねえ旦那さん、オーティスは昔は腕っぷしが良かったけど、私と混ざったこの身体じゃあ期待しない方が良いわ。……でも姉さん、僕達は2人分動けるじゃあないか。それでもよ。というか旦那さんは多分、2人分どころじゃないんだから、素直にお荷物になってなさい。でも姉さん、それは奴隷としてどうなのかな……オーティスはなんでバカなのにそういうとこだけ真面目なのよ!?」
「君達、賑やかだなぁ」
オーティス君は声変わり前まで身体が戻っているのか、それとも姉と混ざって声が変わったのか、女言葉で話せば女に、男言葉で話せば男に聞こえる変わった声音だ。裏声というよりボーイソプラノに近い。
そんな彼が2人分の会話を1人の身体でする様は、なるほど、奴隷商人が『狂った』というに相応しい光景だろう。人によってはうるさいと思いそうだが、少女と少年が賑やかに喋っているというのは旅のアクセントとしては悪くないのではなかろうか。たとえそれが1人の肉体に宿っているとしても。
それに、料理もできるようだし。……僕は盗賊の中にいた肉屋の息子のお陰で肉料理知識はあるのだが、それ以外はてんでダメなのだ。……農家の奴もいたので流石に粥くらいなら炊けるかもしれない? だが、どのみち男飯だ。女の子の手料理という付加価値は高い……と山賊の1人の記憶が訴えている。
「じゃあ、君達は料理と僕の話し相手担当ということで。……ところで2人はこの街道をこっち方向に進むと何があるか知ってるかい? 僕はロバ任せだし、盗賊を食って学習したんだけれど、奴らあんまりその辺気にしてないというか、街道沿いの襲撃しやすい地形ばっか覚えててさ。街に近づくと騎士がいるっていうのもあって街のことは全然知らないんだよね」
「この先はアルクメネの町があるはずです。……あの、旦那さん、盗賊って樽に詰めてあるんですよね? ……ちょっとオーティス、それ聞くの? だって姉さん、僕、強くなりたいんだ。また姉さんを殺されないように。……それは嬉しいけれど、オーティス、貴方ちょっとは考えなさいよ。旦那さんの食べさしを食べても多分魂はもう無いわよ。……そっか。……でも姉さん、俺お腹減った。……オーティス、貴方それが本音でしょう」
「なんだ、お腹が空いたのか。……嫌じゃないならこれでも齧ってるといい。街についたら食料を買い込むからそれまでは勘弁してよ」
そう言って、僕は水を入れた水筒と、樽から出した塩漬け盗賊肉をオーティス君に渡す。……本当は塩抜きして食べるべきものだが、空腹を紛らわす為にしゃぶるならしょっぱいままでもいいだろう。
「わ。旦那さん有難う。……いや、オーティス、貴方普通に受け取ってるけど、それ盗賊やってたおっさんの肉よ? 女の私みたいに柔らかくて美味しいとは思えないのだけれど。それに貧乏で肉なんて殆ど食べられなかった私達と違って、肉を食べてるだろうから獣臭そうだし……。でも姉さん、お肉だよお肉。……人間のね。オーティス、貴方もうちょっと共食いに忌避感とか無いのかしら? 姉さんを食べたんだし今更じゃないかなぁ。というか本当にお腹ぺこぺこだし……姉さんも感じてるでしょ? それはそうだけど、私は食べた事ないんだもの。大丈夫だって姉さん、スラムで手に入る筋しかない肉より絶対美味しい」
「しょっぱいけどね。……そういえばさ。君達は何歳で固定されてるの?」
「むほむむふふむふ。……ちょっとオーティス! 食べながら喋らないの! お腹減ってたんだもん。それでもダメよ。……あ、私達は12歳固定ですよ旦那さん。オーティス、二次性徴がちょっと早くて13歳から始まったから、それより前まで巻き戻されたの。……姉さん、そろそろ右手の制御返して……返したらすぐに肉食べるでしょ! このバカ! あうぅ……姉さんが苛める……。これは躾よ!」
「ああ、ごめんごめん。食べてる時に質問した僕も悪かったよヘンリエッタ。だからオーティスに食べさせてあげて」
賑やかな肉体二人羽織姉弟を加えたことで一気に賑やかになった荷台の上。それを引くロバはのんびりと道草を食みつつ街道を歩み、少しずつアルクメネの街に近づいている。
だが、すれ違う辻馬車や旅人の注目を集めながら進む僕たちの一行が、遠くに見えるアルクメネの街に着くにはもうしばらくかかりそうだった。
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