第4話 僕、奴隷商人と出会う

 ポコポコと蹄の音を立てて、荷車を引いたロバが行く。荷車に腰掛けてその手綱を握る僕は、盗賊たちの盗んだ品の中から得た平民向けの服と厚手のマントを着ており、どこからどう見ても旅人である。


 一応、腰に巻いたベルトにレザーシースを取り付けてナイフと短剣を装備しているのだが、この程度の武装は旅人なら当然のもの。これを見たからといってとやかく言う者は居ないだろう。


 荷車の荷は塩漬け肉と水を出す魔道具、いくつかの着替えと盥のみ。ロバにとってはさしたる重荷ではないのか、荷物と大の大人を乗せた荷車を牽引していてもその歩みは好調である。唯一の難点といえば、ロバという生き物の『マイペースさ』だろうか。


 僕は今、街道をロバが歩くに任せて進んでいる状態なのだ。行き先もロバ任せ、旅程もロバ任せである。故に、ロバが道端に美味しそうなタンポポを見つければ休憩タイムだし、ロバが走りたい気分になったら街道をそれなりの速さで移動することになる。


 だが、目的の無い僕の旅にとってはそれは大した障害では無い。ロバは頑固だが頭のいい動物なので、街道を外れることも無いだろう。


 そんな僕たちの後方、丘を越えたその向こうでなにやら煙が登りはじめたのは、お昼時。街道沿いにいくつかある野営用の広場で一服していた僕達に、同じく休憩していた商人らしい人が「あれ、火事ですかね」と声をかけてくれたのだ。


 その声に応じてもうだいぶ離れた盗賊村の方を見れば、それなりの黒煙が見える。


 鍋に脂肪をしこたま詰め込んで、それを火にかけたまま盗賊の村を出てきたのだが、無事に火の手が上がったらしい。揚げ物中の火事に注意せよ、というやつだ。


 当然僕が放火犯なわけだが、「僕が通った頃にはそんなのなかったんですけど、火事かなぁ」などと素知らぬ顔でしらばっくれ、「野営の火はやはりキチンと始末しなくては。旅人である僕も他人事では無いですね」なんて白々しい事まで言ってみる。


 その言葉に商人が違和感を覚えた様子はなく、「大ごとになる前に騎士団が消火するでしょうが、私はあちらに向かう予定なので心配です」などと言って自分の心配をしているようだ。心配性なのかもしれない。


「大丈夫でしょう。……あの辺りは確か、森だったはず。誰かの野営の不始末だとは思いますが、それなりに離れているので街道には飛び火はしないと思いますよ」

「そうだと良いのですが……」

「どうしても心配なら、騎士団到着まで待つか、引き返すかですかね」

「なるほど確かに……うーむ。無理に運んで商品が死んでも困りますしね。騎士団を待ちましょう」

「商品がダメになる、ではなく? 家禽でも取り扱っておられるんですか?」


 僕の疑問に、心配性の商人は「私は奴隷商なのです」と答え、彼の馬車を指し示した。

 見ればなるほど、明かり取りの窓にすら鉄格子が嵌められた堅牢そうな大型の箱馬車、いわゆるコーチと呼ばれるタイプのものだ。軍馬の血を引いているとおぼしい巨馬の四頭引きらしい。そこまでの馬力が必要なのかと聞けば、なんと壁や床にも鉄板が貼られた装甲馬車なのだとか。


 そんな重装備の理由は、心配性の商人氏が国家公認の『犯罪奴隷取扱い業』であるかららしい。馬車に封じ込められているのはいずれも犯罪奴隷なのだから、移動式の牢獄のような重装備も致し方ないというわけだ。


「なるほど。……しかし、犯罪奴隷なんて売れるのですか? 脱走したり、主人に害を為しそうですが」

「おや、奴隷をご存知ないのですか? でしたらどうでしょう、時間もある事ですし、一度我が商会の商品をご覧になられては。犯罪奴隷が購入される理由にご納得頂けるかと思いますよ」

「見るだけなら是非見たいです。買うのは、手持ちの路銀じゃ足りないと思うので……」

「そう仰らず、気に入ったなら買っていただいても構いませんよ? 犯罪奴隷は税も掛からず給与も発生しないので大変お買い得ですからね。……さぁ、ご覧ください」


 そう言って奴隷商人に手招きされるまま、彼の馬車を覗き込んだ僕は、壁に沿って据え付けられた長椅子に座らされている『少年少女』と対面した。……誰も彼も、年の頃は15歳ほどに見える。

 そんな彼らの全身に絡みつくように刻まれた刺青がうっすらと赤い光を帯びているのが暗い馬車の中ではよくわかった。


「驚かれましたか?」

「ええ。どうして子供ばかり……?」

「犯罪奴隷に刻まれる奴隷紋には3つの効果があるのですよ。まずは一般的な借金奴隷と同じ、絶対服従の呪い。次に常にその位置を主人と国に知らせ続ける、探知の呪い。最後にその肉体を死ぬまで非力な青少年の者へと変える年齢固定の呪いです」


 年齢固定の呪い?


「……つまり、若返るんですか? それ目当てで犯罪奴隷になるものもいるんじゃ……?」

「いえ、呪いは本人の魔力を吸い上げて効果を発動し続け、魔力が足りなければ体力を奪う代物です。つまり、魔力が常に空になる訳ですね。ご存知の通り、魔力が無ければ魔術に対する抵抗力の一切を失いますし、それに魔道具も使えません。まともな連中なら、それほどのリスクを背負って若返るなら、錬金術師に回春薬でも作らせる方を選ぶでしょうね」

「なるほどなるほど……いやぁ、凄い物を見させていただきました。悪い事はするものじゃないですね」

「ええ、全くです。……ところで、どうですか。どれかお買いになりませんか?」


 そう言われて、僕は改めて車内の奴隷達に目を向けた。……僕特有の感覚が業の深い魂に惹かれているが、先程の説明によれば奴隷紋で常時国に監視されているとか。僕が連れ歩くには向かない存在かもしれない。


 それに、まさか人間に人間を食わせる訳にもいくまい。共食いは病気の元だ。


「んー……遠慮しておきます。すみません、お時間とって頂いたのに」

「いえいえ。犯罪奴隷制度を知っていただければそれだけで十分ですとも。広報も私の仕事の一環ですから」


 そう言って笑う商人。それに愛想笑いを返していると、休憩所に馬に乗った騎士が数名バタバタと駆け込んで来た。その腰には、水晶玉の様なものが据え付けられた魔道具らしき剣が差してある。


 それを掲げた騎士の一人が、宣言した。


「殺人、および放火の実行犯がこの中に紛れ込んでいる可能性がある! 騎士権限により、これより罪科の判定を行う! 大人しく指示に従う様に!」



 なるほど。あの動きからするに、あの剣が嘘発見器だか犯罪発見器だかなのだろう。騎士を相手にするのは面倒だし逃げる手もあるが……。


「商人さん、あの剣は一体? 僕、没落騎士の知り合いはいたんですが、まともに騎士団と出くわすのは初めてでして」

「あれは断罪剣。対象の罪科を読み取る魔剣です。なんでも、魂に刻まれた経歴を解析するのだとか。製造には神殿の技術も使われていると聞きます」

「それはすごい」



 ————そういう事なら、ここは大人しく従おう。どうせ『バレない』のだし。



 内心で僕はそう決めると商人氏と共に騎士の誘導に従って一列に並ぶことにした。さてさて、一体どうなることやら。今から楽しみである。

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