第3話 僕、料理する

 ああ、素晴らしきかな文明の利器。鍋をかまどにかけながらそんなことを思ってしまう僕である。盗賊達の拠点には水の魔道具や調味料などがあり、料理に不自由することはない。おまけにかまども火の魔術で動くタイプで魔力を流せば簡単に火力を得られるのだ。どれもそれなりの値打ち物だが、おそらく盗品だろう。


 そんな高級な火に温められている大きな寸銅鍋の中には、水とビネガー、月桂樹の葉とニンニク、そして塩を一掴み。これをしばらく煮立たせて臭み取りの調味液を作る。

 その合間に、取り出しておいた7人前の脳みそを流水に晒しながら処理しよう。薄皮を剥いて丁寧に血管も取り除き、血抜き。延髄と海馬をハンス君の眼窩から生還した相棒のダガーで丁寧に切り取り、タライに入れてしばらく水晒し。


 その頃には調味液が良い具合に仕上がるので 火を止めて粗熱をとり、そこに脳を漬け込んで待つ。今は昼下がりから夕方に変わりつつある頃なので、晩飯の頃には調理の続きが出来るだろう。


 その間に、僕は心臓の調理に移る。といっても、よく洗ってから塩と火酒を振り、一口大に切って串焼きにするだけなのだが。


「んー、良い匂い。美味しそうだなぁ」


 思わずよだれが溢れてしまうが、しっかりと火を通した方が心臓は歯ごたえが良くなって旨いのだ。そう自分に言い聞かせ串をときおり裏返しつつ、じっくりと焼き上げる。


 そうしてしばらく。焼きあがった串焼きを僕は貪るように食べながら、同時に心臓という人体の核の一つを通じて、周囲を彷徨っていた盗賊達の魂を喰らった。


 肉を串からもぎ取る様に、魂から業を引き剥がして喰らい、最後に残った、人格も今生の因果も失った無垢な魂をゲップと共に吐き出せば、僕の使命はひとまず完了だ。7人分の無垢な魂がどこへともなく飛んでいくのを見送った僕は、盗賊達の業の味わいを楽しみながらも、彼らの経験を得た事で拡張されたこの世界の知識を自身のものとして擦り合わせる。


 盗賊8人を喰らい、その業を取り込んだことで、僕は9人分の身体能力と、8人分の経験を得ている。盗賊達は正直言って小物だが、それでも彼らの全ての業を取り込み我が物とした僕は既に常人を遥かに凌駕した力を得たわけだ。


 これで次の使命もこなし易くなるというものである。


 だがまぁ、今はしばらく使命のことは後に回そう。盗賊連中の肉を解体して塩漬けにし、 樽に詰めるという作業が僕を待っている。幸いにも空の酒樽が幾らかあったので、塩漬け肉の樽に転用する予定だ。


 革を剥ぎ、モツを抜いて枝肉に。それをいくつかのブロック肉にしたら、骨と脂肪部分を取り除いて薄切りに。化け物じみた僕の怪力で短剣を振るえば、常人よりはかなり手早く解体できる。それでも7人分の肉と塩を樽詰めし終える頃には日がすっかり暮れていた。


 ちょっと漬け込みすぎたが、脳みそもいい感じである。さっき取った脂肪のひとかけらをフライパンにさっと塗ってから、小麦粉と胡椒とパセリを塗した脳みそをソテーする。


 アツアツのうちに、つまみ食いしつつの調理。お行儀は悪いが、それでいうと人をブッ殺して食ってる時点でお行儀も何も無い気もする。


「んー、程よく獣臭い感じに仕上がったかなぁ。我ながら美味しい。魚の白子にも似た風味が……って、この記憶誰のだろう。盗賊のくせに良いもの食った事あるんだね? ……あー、没落騎士で故郷は海の近く。なるほど?」


 全て炒めた後、皿の上の脳味噌ソテーをパクパクと食べながら、僕は今後の予定を考える。


 といっても、盗賊が厩に繋いでいたロバと置いてあった荷車を見つけてあるので、ロバに荷を引かせつつ街道に戻るつもりなのだが。


 問題は、多分僕が行う行為は流石に犯罪者相手でも犯罪だということだ。いや、正確には盗賊は見つけ次第ブッ殺して良い事になっているので犯罪ではないが、多分、人食いの化け物は人間社会にとっては許容出来ない存在だろう。それが例え、悪魔ではなく天使に近いものだとしても。


 故に僕は街道をめぐり、延々と旅をしながら使命を果たそうかと考えている。旅をしていれば業をたっぷりと背負った魂に出会うこともあるだろうから。


 ……さて、そうなると明日はこの村の後始末をして、旅の支度をせねばならない。今日は早めに寝るとしよう。

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