第11話 朝食(下)

 思わずイカスミが気管、気道を駆け上がり、セクシー美女のスカートが舞い上がり、初めて”生”を見た思春期の少年のように、鼻から牛乳ならぬ漆黒のイカスミさんが、鼻血のように垂れ流しそうになったぜ。


 慌てるな、スパイは常にクレーバーだ俺!

 まずは状況確認だ。

 

 少佐殿は股を開き、新しいスプーンをスカートの上に置いている。

 そして、スプーンの重みでいい具合にスカートが垂れ下がって漆黒の下着が隠され、今、机の下では、よりフェチシズムの情景を描いているだろう。


 だからどうした?

 すでに俺は一回、少佐殿の下着を見ている。

 おそらく少佐殿の思惑は、俺を机の下に潜らせ、それこそ豚のように四つん這いになって、スプーンを手に取ったご褒美に下着を拝ませて、あ・げ・ると推測していいだろう。


 ぶぅ! ざぁ! げぇ! る゛ぅ! な゛ぁ!


 スパイにはスパイのプライドがある。

 確かにスパイはゴキブリ以下だ!

 だがむしろ、ゴキブリと呼ばれることがスパイにとっての誇りなんだぜ!


 ゴキブリと聞いて思い浮かべることは何だ?

 汚い! 不潔! 気持ち悪い! 神出鬼没! いいねいいね。


 いつの間にか部屋に現れ、殺ろうとして銃ならぬ殺虫剤を構えたらすでに姿を消している。時には宙を舞い、空の彼方へ飛び去っているゴキブリ。


 そうとも! ゴキブリこそまさに究極のスパイ!


 その誇り高きゴキブリ、スパイである俺に向かって、下着を見たければ、スプーンを使いたければ、卑しく四つん這いになって”豚”になれだと!


 俺を! スパイを! 女の下着やスプーン欲しさに自己イデアやプライドを自ら破壊して靴をなめる豚共になれと!?

 ……馬鹿馬鹿しい、こいつのSMごっこに付き合ってられるか!


 俺は冷静に立ち上がり、キッチンからスプーンを持ってこようとするが、


『動かないで!』


 少佐殿の声、そして、いつの間にかホルスターから抜いたビームガンの銃口を、レーザーポインターもなしに俺のヘッドに正確に向ける!

 瞬間! 俺のシナプスが髪の毛から爪の先まで警戒態勢を取らせる!


 ”レベルフォー!”


 これは……今の少佐殿のヤバさだ。


 オッケー! 緊急事態だが、ここでレクチャーといこうか。

 つまりだな、銃を構える人間はレベル一からレベル五に分類できる。


 レベル一は、それこそ素人や子供が初めて銃を構えた状態だ。

 驚かせなければ大丈夫。

 特に子供の場合は逆に、『あっちに向かって撃ってごらん』と優しく言って撃たせればいい。


 レベル二は、ストリートギャングがイキがって銃を構えた状態だ。

 こちらが卑屈になったり、おだてたりして隙を探せばいくらでも料理できる。


 レベル三は、警察が銃を構える時だ。

 あくまで威嚇、拘束を目的とする為、人混みの中に逃げれば向こうはむやみに撃つことは出来ない。


 レベル四は、今の少佐殿だ。

 ターゲットを思い通りに動かす為、従わなければためらいなく発砲するだろう。


 最後のレベル五はロックオンした瞬間、いや、する前でも問答無用で撃ちまくるクレイジーな輩だ。

 こうなったらもう、悪魔に祈りながらひたすら逃げるしかない。


「お食事中はむやみに立ち上がらないって、ママに教わらなかったかしらぁ~。おとなしく座りなさ~い。そう、いい子ね。いい子にしていたらお姉さんからご褒美をあげるからぁ~」


 少佐殿は舌を蛇のように出し、淡い桃色の吐息を漏らしながら、唇をまるで自身の蜜壺の入り口みたいに妖しくなめ回す。

 観念した俺はゆっくりと椅子に座って、少佐殿と向き直る。


 いい頃合いだ。ここまで俺の話を聞いていたガキ共の疑問に答えてやるぜ。

 なぜ、へなちょこ美人将校を力尽くで、それこそ


”あっは~ん”や”うっふ~ん”


なことをやって従わせないのかって思っていることだろう。


 いきなり出会った猛獣を従わせるなんて、サーカスの猛獣使いでもできっこない。

 猛獣も人間も互いに相手の力量を探り合い、妥協だきょう懐柔かいじゅう、時には恫喝どうかつして、初めて従わせることが出来るのさ。


 つまりだな、相手の力量もわからず従わせるなんてまず不可能だ。

 目の前にいる少佐殿は、ちょっと前までは、ビームガンのシグナルであたふたしていた女だ。

 それが今では、トップスパイの俺が対処できないスピードでホルスターからビームガンを抜き、安全装置を外し、レーザーポインターもなしに正確に、俺のヘッドに向けて銃口を向けているんだぜ。


 今の少佐殿はさっきまでの少佐殿じゃねぇ。

 いや、どっちが本当の少佐か、もしかしたら本物は別にいるかもしれねぇ。


 こういう人間が一番厄介だ。

 相手の力量がわからなければどう対処していいか、すぐには対応できねぇんだ。

 おとなしく従うしかねぇ。    


 おとなしくなったと見るや、少佐殿は銃を構えたまま、妖しく目を輝かせ、制服のボタンを一つずつ、ゆっくりとはずしだした。

 豊満な胸のふくらみは、その圧でボタンが外された制服を横にずらし、漆黒のブラに包まれた肉の山を、じらすように半分だけあらわにする。


「さぁ坊やの大好きなおっぱいよ。スプーンをとれば上も、下も、坊やの好きにしていいのよ」


 ディスプレイ越しに見るポルノなら、あるいは高級キャバレーのポールダンサーの舞台なら、いくらでもかぶりついて眺めてやるさ。

 しかし、銃口を突き付けられて勃起たつことができる男がいたら、俺は尊敬するね。


 さらに制服のボタンの次はフロントホックもはずしやがった。

 こりゃ冗談で済まねえぜ。

 俺が机の下にもぐって豚となってスプーンをとるだけでなく、それこそバター犬のように少佐殿の火照った肢体したいを舌や指で満足させるしかあるめぇ。


 覚悟を決めた俺は”ズズッ!”っと椅子を引き、体をゆっくりと机の下へ潜り込ませる。


「そうよいい子ね。さぁ坊や。お姉さんの所へいらっしゃ~い」

 フロントホックを外した少佐殿の手は、ゆっくりと下に伸びていく。

 机の下に完全に隠れた俺。

 

 そして”銃口からも”完全に隠れた俺はすぐさま両腕を伸ばし、両手でシチューの皿を持つと、いそいで机の下へと持ってくる。


「えっ?」

 そして口を開けると皿を一気に傾け! 喉の奥に漆黒のシチューを流し込む!


「ちょっ! あんたなにを!」

 少佐殿が机の下をのぞき込むと、あぐらをかき犬のように皿を舐めている俺様の姿だった。


「あぁ少佐殿、もうスプーンはいらねぇぜ。俺は育ちが悪いもんでよ、ちょっと失礼させてもらったわ」


『んな、なぁ! なぁにぃよぉそぉれぇ~~~!』

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