クソど田舎の水遊び事情

前花しずく

プール日和

 青い空! 白くてでけえ入道雲! そんでもって超絶ウルトラスーパーイケメンの俺! 三拍子揃った文句のつけようがない素晴らしい夏の一日││になるはずだった。

 バシャアァァッ!

 なんの音か確認もできぬ間に、なんだかよく分かんねえ液体がズボンを思いっきり濡らしやがった。││って冷たっ! 誰だよこんな冷水を人にぶっかけてくる馬鹿は!

「あっ、ごめん。周りよく見てなかった」

 水の出どころである方を向くと、見覚えのあるアホ面がいやがった。その手には柄杓と手桶を持ってやがる。十中八九打ち水してたに違いねえ。

「加奈子! てめえいつもいつも何てことしやがんだよ! もはやわざとだろ!」

「わざとじゃないよ! 私だって気を付けてやってるつもりなんだから」

 気を付けてやってるつもりで柄杓の水を人にぶちまける馬鹿がどこにいるっつうんだ。

 こいつはいっつもそうだ。この前は俺の化粧道具を机から落として再起不能にしやがったし、その前は俺のゲーム踏んで壊しやがるし、三年前なんか俺んちに花火ぶち込んできやがったからな! わざとじゃなかったらもはや神がかってるわこの野郎!

 しかも被害者は基本的に俺だけ! 狙ってるだろ! というか絶対狙ってる。断言する。

「ったくよお、俺の超絶イケイケコーデになんてことしてくれちゃってんだよてめえは! クソ冷てえし! しかもお前ピンポイントに股を狙ってるんじゃねえよ!」

「イケイケコーデ? 普通のズボンじゃん。冷たいのはしょうがないよ、井戸水だもん。というか本当にお漏らししてるみたい。あはは~」

「何笑ってんだよ! やったのお前なんだよ少しは反省しやがれ! まあお前には分かんねえだろうな、この服の良さが」

「いや、普通でしょ。むしろダサい? なんだったら隣の柴田さんに聞いてみれば? きっとダサいって言うよ」

「な! ん! で! 近所のおばさんに俺の服を見せなきゃなんねえんだよ! しかも濡れてるときに!」

 そう、残念ながらここは辺鄙な村だ。おっさんおばさんばっかりでイケてるファッションが分かる奴なんて誰もいねえ。あ、一人だけ幼稚園生のやすくんは「かっこいい」って言ってくれたな。うん、むなしい。

「でも、そんなかっこして一体どこに行くつもりだったの? ファミレス?」

「馬鹿言うな。歩いてファミレスなんか行ってたら日が暮れるわ! 車がねえと本当に何もできねえんだからなここは」

「じゃあどこ行こうとしてたの」

 なんでそんなに俺の行動が気になるのかねえ? カバンも何も持ってない時点で察してほしいもんだぜ。

「散歩だよ散歩。ほら、今日は夏っぽいいい天気だろ?」

「散歩? おじいさんみたいなことするんだね。意外」

「誰がおじいさんみたいだ! 夏のパワーを浴びるこの儀式の有用性がお前には分からないのか!」

「分からない」

「即答かよ! そこまで言われると自分でもじじ臭い気がしてきたよコノヤロー」

 こいつと話してるといっつもこれだ。俺の美学が端から通用しねえ。こんなクソ田舎に住んでりゃ娯楽なんてテレビか隣町で買ってきたたった一つのゲームか虫取りか散歩くらいしかねえだろ。逆に休み中何してるんだ。

「そんなくだらないことよりさあ」

「まて、俺がじじ臭いかどうかはくだらないトピックなのか?」

「そりゃそうでしょ」

「さいですか」

 容赦なさすぎるでしょ。幼馴染に敬語使っちゃったよ。俺のメンタルの修復作業誰かお願いします。

「プールにはもう行った?」

「プール? そんなハイカラなものうちの村にあったか?」

 こんなど田舎なくせに泳げる川の一つもろくにないもんだから、プールなんてあったら噂があっという間に村中を駆け巡って少なくとも俺の耳には入ってくると思うんだが。

「あるよ。小学校に」

「なんだ、小学校のガキプールかよ」

「でもプールはプールじゃん」

 都会ではどうなのか知らんが、うちの村では夏休みのある期間、小学校のプールが解放される。っつっても、当たり前ながら来るのは小学校低学年とか幼稚園とかのガキばっかりで、同級生の中学生なんかは基本来ない。普通に泳ぐことができないどころか、子供のお守をさせられる羽目になる。そんなこんなで俺は小学四年の夏を最後に行ってない。

「俺はあれがプールだなんて認めねえぞっ! 四六時中ガキがぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ騒ぎやがって頭がおかしくなる! しかもガキ共がしょんべん垂れ流して水に入れたもんじゃねえ! 俺は百メートルをクロールでいとも簡単に泳いだ後に、プールサイドで優雅にジュースを飲みてえんだよお!」

「それは都会でもできないんじゃない?」

「いや、できる! TOKYOではなんだってできる! プールが中心の遊園地だってあるって噂だ! TOKYOには俺たちの夢が詰まってる!」

「でもそうだとして、わざわざ行けるの? お金ある?」

「行けない! 片道四時間って頭おかしいのか! しかも特急とか乗るから金めっちゃ高い! 小遣い一年分近く吹き飛ぶぞコノヤロー」

「じゃあ小学校で我慢するしかないね」

「クソ、仕方な││」

 ん? まてよ? なんで俺がプールに行く前提になってるんだ。そもそも行けるプールがないなら無理していかなければいいだけの話だ。これではまるで加奈子に誘導尋問されている気分になるな。

「やっぱり行かねえよ。小学校に行くくらいなら行かない方がマシだ」

「えっ」

 なんだその顔。今の今までニヤニヤしてたのに急におろおろし始めやがって。さてはあれだな。俺をしょんべんプールに連れて行っておいて、自分は入らずに俺を馬鹿にするつもりだったな。そうはいかねえぞ。

「そういうわけだ。俺は散歩を続けるぜ」

 俺は夏エネルギーを吸収するのに忙しいんだ。そんな見え透いた作戦に引っかかっている暇はないのだよ。

「ま、待ってよ、一緒に行こうよ、プール」

「ん?今なんて?」

「一緒に行こうっつったの。何回も言わせるな、馬鹿」

 加奈子に馬鹿呼ばわりされるとは非常に遺憾だが、それ以上に加奈子が俺を誘う理由がさっぱり分からん。そりゃあ幼馴染だから小さい頃はビニールプールで遊んだりした記憶もあるが、今この時に俺をプールに誘う意味が全く分からん。

「なんで俺がお前とプールに行かなきゃなんねえんだよ」

「それはあれよ、その、あ、新しい水着を買ったから今年一度は着てみたくて」

「どうせスクール水着だろ」

「違うよ! 隣町でび、びきにを買ってきたもん」

「腹の肉が目立つぞ」

「私そんなに太ってないし! 一応平均体重で収まってるから!」

「水着くらい一人でも着れるだろ」

「一人で着てなんの意味があるのよ! っていうか、少しは私の水着姿見たいとか思わないわけ?」

「思わん」

「なっ」

 ││これは今度はどういう表情なんだ。口角を下げて頬をぴくぴくさせて、若干涙目になっているようにも見えなくもない。怒ってるようにも見えるな。なんだかこのままにしておくのはまずい、と俺の中の防衛本能が強く騒いだ。俺ともあろう者が加奈子ごときに臆しているのもどうかとは思うが、仕方ない。

「あー、分かった。行けばいいんだろ行けば」

「本当に?」

 なんだよ、行くって言った瞬間に満面の笑み浮かべてんじゃねえか。やっぱり策略なんじゃねえのか。

「じゃあ明日! 明日行こ! 準備しておいてよね、絶対!」

「わぁーったよ」

 まあいい。俺はしょんべんプールになど入らず、プールサイドでおにごっこしてるガキをかわしながら太陽の力を吸収しつつ、ついでに加奈子の水着を見てやればいいんだろ。

 そ、あくまで加奈子の水着はついでだ、ついで。

 ││あ、ズボン乾いてる。

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クソど田舎の水遊び事情 前花しずく @shizuku_maehana

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