第25話 魔王の告白④〜魔王の語り部スキル終章もしくは魔王の目的編

 四の魔王は、今、自分がばらばらにした生き物が来たと思われる方向に頭をもたげて、しばらく海原を眺めていた。

 マレクも黙って同じ方向を向いていた。

 見渡す限り青い海で、風も穏やかで白波も立たず、雲も二、三飛んでいるだけで静かだった。


 マレクには、どこからあんなものが来たのか見当もつかない。ただ思い当たる話を聞いたことがあった。


〈今のが噂のやつか〉


〈そうだ。だいぶ小ぶりではあったが。大きいものは、今のものの数倍はある。滅多に会わないが。

 しかし、先ほどの様な小さいものは、以前と比べると頻繁に会うようになった。

 やつらには我らの言葉は通じず、問答無用で攻撃してくる。間に合うだろうか……〉


〈なにが?〉


 四の魔王は別の方向へ泳ぎだした。


〈マレクよ。そなたはいくつになる?〉


〈二百と少し〉


〈子はいるか?〉


〈いてもおかしくないのだが、会ったことはない。会えばわかると思うが、育っていないのかもな〉


〈我は千百ほどになるが、ようやく我と同じ速度で泳げるものが何人か現れた。

 体も大きく力もつけてきておる。いずれそこから秀でたものが、我が千年かけて培ってきた力を食いにくるであろう。

 久々に食いでのあるものと戦える。

 食えば我の力は増し、食われれば我の力はその者の一部となり、我ら海の魔族は新しい王の下で更に力を高めていくことになるのだ〉


〈大したもんだな〉


〈五の魔王の先代のことは知っているか?〉


〈先代? 今の魔王は百年ほど前にその座に就いたと聞いてはいるが、その前のことはよく知らん〉


〈五よりも前に天空で一番と呼ばれた者は、我のように大きな体で空に悠々と浮かぶ者であった。

 かの者はある時、触手を一本残して行方不明になった。たまに現れる空飛ぶ硬質のモノ達にやられたのではないかと言うものもいる。

 好奇心旺盛な者だった故、気流の壁を越えようとしたのではないかと我は思っているが〉


〈気流の壁? そんなものがあるのか〉


〈気になるか。翼が生えた時には行ってみるがよい〉


〈俺に生えるかな〉


〈五の魔王は突風のごとく速い翼を持っているが、まだ齢五百で体も小さい。

 次第に大きく硬くなる硬質のモノ達に敵うかどうか……〉


〈体の大きさは関係ないさ。なんなら四の魔王、俺が背中のこの辺を叩いてみようか〉


〈我はそなたを食うために呼んだのではない。もう少しだ〉


 四の魔王はマレクを乗せたままある島に近づいていった。


 ほとんどを断崖と海岸線まで迫った森に囲まれた島だったが、一部の白い砂浜に何名かの魔族がいて、みんな四の魔王が来るのに気づくと嬉しそうに手を振った。


 その体は鱗があったりなかったり、ひれがついていたりなかったりで統一されていない。

マレクのような手足の者、その手に水かきがある者、甲羅を背負う者、淫魔族の皮膜の翼がある者など様々だ。


〈みな元気か。カルダン達を呼んできてほしい〉


 二名が手を繋いで島の奥へと走っていった。


〈ここには、我ら水棲の親から産まれながら、エラなどを持たず、どうにも海中で生きていくのが難しい者達が集められておる〉


〈面倒見がいいな。陸では自分で歩いて食わねばならない〉


〈水中では泳ぐまでだ。それまでは母御が見守り、沈んでいくなら拾って食い、再び腹に戻す。島の者はそこはくぐり抜けた。生かさずにいられるか。

 人間や他の生き物のように親の性質を確実に受け継いで産まれてくればよいが、そうもいかないのが口惜しい。

 魔族は本能に倣い、戦うようによく交わりよく子を産むが、まず自力で生きる器官を備えて産まれてくるかが最初の難関だ。

 これさえなければ、いくらあの忌々しい聖属性を持つとはいえ、脆弱なくせに同じような者が大勢でたむろし、こせこせと頭を回して争う人間どもをのさばらせてなぞおらぬのに〉


〈人も確実ではないらしいぜ。俺たちが見分けがつかないだけで〉


〈異質な者も産まれるが、親と同質を好む故その者はすぐに捨てられる、殺されると聞く。それでもあの数の盛んな様よ。

 あの“頭でっかち”の分析によれば、エラやヒレを持つ者から肺や足を持つ者が産まれるのは、我々が今よりもっと柔らかく小さかった昔、世界のあらゆる生物と交わった結果だという。

 しかし、その同質のものを生み続ける能力は、ただ交わっても取り込めぬ。

 鍵が要るのだとでっかちは言うが〉


〈“頭でっかち”って誰だ?〉


〈ああ、二の魔王だ〉


 どれだけ頭がでかい奴なんだ……とマレクが想像していると、森の中から角や爪の目立つ頑健な四肢を備えた者が十数名歩いてきた。泳ぐよりは地上を走り回った方が良さそうな連中ばかりだ。


〈マレクよ、この者達を陸に連れて行ってくれまいか? この狭い場所でずっと暮らすには惜しい連中でな〉


〈俺にくれるっていうのか、ただで? 四の魔王、俺に何をしてもらいたいんだ?〉


〈はっきり言おう。我らの六番目の者になってほしいのだ。

 そなたはまだ若く荒々しいが、伝え聞くよりも思慮深い。我はそなたならいずれ鍵を探し当てるのではないかと思っておる。我も探してはいるが、硬質のモノの見張りもせねばならぬゆえ、思うように進まぬ。

 魔族の力は、互いに戦い、そして強い者を食べながら、それぞれの頂点に結実するもの。

そこまでたどり着く道のりに長い時間を要する。よって数も急には増えぬ。

そうこうしているうちに硬質のモノたちがもっと大きく強くなるやもしれん。我らはそれを危惧している。

 我らの気質を確実に受け継ぎ誕生する子が増えれば心強い。

そしてその鍵は、独占することなくあまねく広がらなければならない。

 我らが結託する理由はそれだ。一や二だけのものにしてはならんのだ〉


〈魔王連合も一枚岩ではないわけだ〉


〈その通り。また人間にこの鍵を隠されても困る。彼らをけん制しつつ、この大陸を駆け回り、自由に探索できるものが相応しい。

 五は、長く地上に留まれんしのう……どうだ?〉


〈ふむ、そうだな。あいつらと力比べをしながら考えてもいいか? なにせ俺は、思慮深いからな〉


〈地位よりもそっちが気になるか。よかろう。存分に暴れるがよい。その方が、よい返事が期待できそうだ〉




「魔王様、どうなさいました?」


 横にいるカトレア姫から声をかけられて、マレクは我に返った。

 心配そうな姫の顔が自分を見上げている。

 その顔をずっと凝視していた。


 第六魔王になることは承諾したが、破竹の勢いだったマレクは、鍵を探すことはすっかり忘れて戦いにあけくれていた。


 今、その鍵が──魔族の運命を握っている娘がここにいる。


「ティーン! ティーンはいるか」


 マレクが呼ぶと、ティーンがさっきと変わらない雰囲気で入ってきた。


「カルダンはどうしている?」


「部屋で元気に泣いています。声は出せないようにしてありますが」


「すぐにいましめを解いて、ここに来るように伝えろ。使いに出てもらう。もう罪には問わぬからと言い足しておけ」


 いつも無表情のティーンがあからさまに嫌な顔をした。


「解きたくありませんな。やっと綺麗に縛れたのに。斬るのは簡単ですが、生きてばくするのは難しい」


「ティーン、解いてあげて」


「縛を解いたら、お前は姫の引っ越しを手伝うんだ。チョッカイを出す奴がいたら数珠つなぎにでもしておけ」


「魔王様、やっぱり会えないのですか」


「言うべきところには言う。姫は大人しく待っていなさい。ケーキの礼に、足輪よりも良いものを贈ろう」


 カトレア姫はまだ何か言いたそうにしていたが、ティーンに背中を押されて出て行った。


 一の兄達には渡せぬ──マレクは、自分が思慮深いとは思わなかったが、直感は信じていた。

 あの残虐な王が、鍵を皆に広く解放するとは考えづらい。

 鍵の独占は、同じ種族のみを繁栄させることにもつながる。無論、アトレウスにも渡すつもりはない。


 ここはしのがねばならない。それから四の魔王と共に考えよう──そのつもりだった──。



 × × × × ×



 午後の授業が中止になり、帰宅する生徒でさっきまで廊下はざわざわと騒がしかったが、今は静かになり、生徒の気配はほとんどなくなった。


 真島は少し疲労感を漂わせながらも晴れ晴れとした顔になって、目の前のマグカップからぬるくなった紅茶を二、三口、静かに飲んだ。


 長い話がやっと終わったようだ。


 俺は黙ってずっと机に突っ伏していた。

 それでも真島の話はよく耳に入ってきて、俺の胸の鼓動を激しく打ち鳴らした。

 嫉妬、郷愁、後悔、敵意……自分でも湧き上がるものが何かよくわからないが、上場気分ではないことは確かだ。


 舞は、表向きはお気楽にリラックスして聞いていて、たまに足を組み替えたりしながら真島を真正面に見据え、時々質問したり話に突っ込んだりしていた。


「へー、魔物さん達にもたくさん事情があるのねー。問答無用で襲ってくるからさ、こっちは考えたこともなかったわ。何その“硬質のモノ”って? 機械?」


「俺にもよくわからん。陸の魔物にはほとんど見る機会がないが、空や海を縄張りに持つ魔物、二や四や五の魔王達の憂いは深い。会えばそれこそ問答無用で攻撃されるらしい。おそらく人間にも同じ事をするだろう」


「そいつらを迎え撃つには、お互い協力したほうがいいというわけね」


 舞の明暢な言葉に真島はフッと笑ってコクリと頷いた。


「俺は、人の身になったから分かるんだが、魔王たちの物事を考えるスパンは人間より長いんだ。

 すぐに硬質のモノたちと対決するわけじゃないが、それまでに準備を整えていたい、戦力をそろえていたい。

 そのためには鍵が要る、それを早く見つけて、強者を多く育て上げ、硬質のモノたちとの決戦までに備える……そう考えているんだ。

 その鍵を、たぶん姫が持っている」


「たぶん?」


「結局詳しい話を姫から聞く時間はなかった。誰かさん達の軍の展開が早くてな。

 おかげで一の兄の使者は引き返してくれたが、四の魔王に送った使者が、あっちに着いたかどうかはわからずじまいだ」


「本当に姫は持っているのかな? あなたたちが想像している鍵を」


「可能性は大いにある、と俺は思っている。姫には大きな力が眠っている。

 俺をこの世界に送り込んだのも姫の力で、お前たちの魂を近くに集めたのも姫なんだ。

 姫の力は時空を超えて伝わっている」


 姫の声が時々聞こえるような気がするのは、空耳ではないのかもしれない。


 あの小さい姫が、そんな力を持っているなんて──知らなかった。確かに強い力を持っていることはわかっていたけれど、他の世界にまで影響を与えるほどだなんて──まるで女神じゃないか。


 俺は突っ伏したままぼそりときいた。


「姫の力で、どうやってここに来たんだよ」


 もう疑ってはいないのだが、想像できなかった。

 俺が知っている姫は、俺の力を引き出した事以外、そんな魔法みたいなものを使える人ではなかったから。


「俺にもよくわからない。きっと姫の力の使い方の一つなのだろう。姫が手を合わせて祈りのようなものを捧げると、俺は人間の赤ん坊になっていたんだ」


 真島は記憶を引き出そうとするみたいに頭に手を当て、時々止まりながらゆっくり話した。


「あの時駆けつけた姫は、顔色が白く冷たくなっていくお前に取りすがって泣いたよ。そして、腹さされてる俺に食ってかかった。『どうしてこんなことに! こうならないようにしたかったのに』って。

 だから『悔しかったら俺の首を取れ』って言ってやったんだ。それしか思いつかなかった。他に何で補える?

 ダロスは唸り声をあげたが、ティーンも来た。あいつはもう姫のものだ。

『あいつを剣に戻して俺を殺せ。俺の首を持って帰れば、人間どもも少しは勝った気分になるだろう』ってさ」


 俺はあほ魔王を睨むために顔を上げた。


「姫がそんなことできる訳ないじゃないか。だったら自分で自分の首を刎ねればよかったんだよ」


「そうだな。おかげで動けない身の上で姫のお叱りを受けたよ。

『こうならないようにしたかったって言っているじゃないですか! どうしてそんな風にしかできないんですか、バカ!』……魔王になって初めてバカと言われたわ。大バカ者よりはマシだろうが」


 とことん人を意識してからかってくれるが、俺は突っ込む気になれず視線を外した。真島は構わず続けた。


「そして『首を出すというのなら、私がその命をもらい受けます。あなたの魂は私のものです。あなたをアトレウスたちが行った世界に送りますから、アトレウス達を連れてきてください。私がアトレウス達の魂を集めておきます』

 姫は手を合わせて何かを唱え始め、俺は白い光に包まれた。

 意識が遠くなっていく中で、ダロスがそばに寄ってくるのを、姫の唇が左手に触れるのを感じた」


 真島は左手を上げて甲をじっと見つめた。


「これは、姫の呪いだな」


 呪いという割にはにやけているような気がする。

 俺は手を見てぼんやりしている真島に感想を伝えた。早口になった。


「よかったな。魔女の婆さんなんかに呪われなくて。呪いが解けるまで、そばから離れられない。姫には最強の魔王がついた。俺のいる意味がなくなった。以上、検討終わり」


「来ないってことか」真島の声は驚いていた。


「こんな話をしたら喜んでついてくると思ったのにな。戦闘バトルか? ぶちのめした後、帰るまでどこに閉じ込めていたらいいんだ? 連れてくるのティーンにしとけばよかった」


「ほとんどのろけ話だろうが。そんなので気がのるか」


「なんだ。まだわからないのか」


 真島はさらに驚いた声を出し、少し怒ったような調子で説明し始めた。


「姫は自分の能力で魔王達と交渉する気だ。魔物と硬質のモノ達との争いに人間が巻き込まれていくのを憂いている。

 そして、自分のやり方が人間側に受け入れられるかも不安に思っている。

 魔物との共存なんて正気の沙汰じゃないと反対する者も多いだろう。その時に味方になるものが必要だ。人間のな。俺ではダメだ。人間の方だって固い一枚岩じゃないだろう?

 自分が守ろうとしている奴らに殺されちゃあ、あまりに不憫じゃないか。

 硬質のモノ達がどんな奴らかわからない以上、奴らと交渉して魔物を挟み討ち……なんて作戦も現実的じゃないからな」


「お前は姫と……いや、人間と共存したいのか?」


「俺たちにしてみれば、そこはどうでもいいんだ。姫の鍵を手に入れたら、魔物の繁栄は間違いない。邪魔なら駆逐する。弱い生き物が悪いんだ。殲滅するのは、硬質のモノの後か先かもどうでもいいんだ」


「鍵をやらない方がいい気がしてきた」


「ならば、姫は能力を解放せず、このまま争いは続き、そのうち硬質のモノ達と魔物に人間が挟み討ちだな」


「硬質のモノが、人に味方するかもしれないじゃないか」


 真島はハハハと小馬鹿にしたような乾いた笑い声をあげた。


「本気でそう思うなら、その何百年か何千年か後の奇跡の瞬間を待つがいい。その間に流れた血を測ることなくな」


「どのみち、すぐには決められないかなぁー」


 舞が紅茶を飲みながら間延びした声で言った。


「一旦、あの世界の緊張感から抜けてきたんだもんね。魔物のいない平和って最高。一応ここにお父さんもお母さんもいるしさ。それにあの世界、水洗トイレもないのよねー」


 真島はふうーと大きなため息をついて、マグカップを持って立ち上がった。


「じゃあ、少し待つか。どうするか考えて、準備しておいてくれ」


 保健室のドアの方へ歩く真島に慌てて質問した。


「準備って、向こうに行く準備か?」


 真島はドアノブに手をかけた時に振り返った。


「決めた方の準備だ。旅行の準備か、俺との戦闘の準備か。再開した時が楽しみだ」


 ドアが閉まった後、俺も体から力が抜けて、大きなため息が出た。

 椅子に体が沈み込む。


「レグルス……お母さんはともかく、お父さんになんて言う?」


 舞はこう聞いてきたが、俺は別のことに気を取られていた。


「今まで魔物を殺しまくってきた俺が、一緒にやっていけると思うか?」

「あー、そっちの方で悩んでたか」


 魔物に襲われて、逃げ惑う小さい頃の記憶が蘇る。姫から力をもらって、それを振るうことに戸惑うことはなかった。

 姫のやることについていけるか……自分が姫の足を引っ張るかもしれない。


「まあ、少し考えてみなよ。頭ではわかっているんでしょう? どっちにしたって、ウォーミングアップはしといた方が良さそうね」


 舞も疲れた顔で深くため息をついて、紅茶をすすった。

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