第522話 侵入者たち

 ――「王の妃になる女」ねぇ。


 その王とはおそらく、崔の皇帝のことではあるまい。

 もしそうであれば、「皇后になる」という表現をするだろう。

 となると、「王」の国とは宜だということになる。


 斉家の娘の言葉は続く。


「わたくしは揚州の正統なる支配者、斉家の媛!

 口の上手い皇帝の手先から、民らを解放する用意がある!」

「はぁん……?」


この言い分に、雨妹ユイメイは眉をひそめる。

 彼女は「民らを解放する」と言いながら「正統なる支配者」を称するなど、矛盾するにも程がある。

 支配とは抑え込み、管理することを表す言葉であり、解放とは真逆だろうに。

 「王の妃」発言といい、彼女はよほど宜に厚遇される自信があるらしく、虎の威を借る狐どころか、虎になり切っているようだ。

 そうであれば、今回この娘の侵入目的は、沈や友仁との面会などではないということだ。

 そしてここまで来ている以上、明らかにこの通路の奥になにかがあると確信を持っての行動だろうし、少なくとも立ち入り禁止の通路手前までは、堂々と通るための「手形」のようなものがあったのではないだろうか?

 その一方で、あの部屋のすぐ近くに来るような隠し通路を知られていたわけではなさそうだ。

 そこはリュには安心材料だろう。

 けれど彼女がそうまでしてここへ侵入したとなると、目的は明らかにジャヤンタだ。

 そしてチー家がジャヤンタを探すのは、明らかに宜の意向を受けてのことだろう。


 ――それにしても、ずいぶんと皇族を侮っているなぁ。


 いくら虎、すなわち宜の力が強大だとしても、ここは崔である。

 皇族に無礼を働けば、大公家でもなんでもない斉家の娘の一人でしかない彼女の首なんて、簡単に胴体とおさらばしてしまうというのに、どうやって無礼の罪に抵抗できるというのか?

 それにもし斉家がまるごと宜に亡命するにしても、なにか手土産を用意しなければ受け入れられないだろうに。

 と、雨妹はそこまで考えてやっとピンときた。


 ――ああなるほど、その手土産が運よく転がり込んだのか。


 斉家が自分たちを優遇しなくなった崔から宜へと乗り換えたいと考えても、宜も統治を失敗して領地を取り上げられた厄介者を、そう簡単には抱えたくはないはずだ。

 斉家に対する宜からの乗り換えのための課題が、おそらくジャヤンタの確保なのだ。

 そして「上手くいけば妃になれる」とでも吹き込まれたのだろう。

 そしてこの娘は事を為せると確信していて、既に宜の一員であり、なにがあっても宜が守ってくれるだろうと、気が大きくなっているようだ。


 ――それにしても、宜はジャヤンタ様の生存を疑っていたのか。


 まあジャヤンタの遺体を確認していなければ、怪しむのも当然かもしれない。


 泣き虫で心持ちが弱めであることがつい先ほど発覚したジャヤンタであるが、宜にとってはやはり警戒するべき人物なのだ。

 商人連合は「王太子を気に入らなければ、好きに排除できる」という強気な態度であり、王家を自らの傀儡として扱いつつも、王家を完全に無視できるものでもない、といったところだろうか。

 もしくは、ジャヤンタの後に据えた王太子に問題があるかだ。

 雨妹がそんなことを考えいてた、その時。


 ゴゥン……!


 どこからか、籠っているが破裂音らしきものが聞こえてきた。


「雨妹、下がれ!」


立勇リーヨンが上を睨みながら、雨妹の肩を押す。

 雨妹はこれに素直に従い、後ろに下がる。


 ミシミシッ!


 すると、天井からそんな音が響いてきて、


 ゴトゴトォン!


 なんとついには、天井が壊れて落ちてきたではないか。


「ひゃあ!?」


雨妹もさすがにこれには驚く。


「気を付けろ!」


立勇がそう叫んで素早く剣を抜いた直後、落ちた天井の上にバラバラと人が落ちてきた。


 ――え、なになに!?


 状況がわからずにポカンとする雨妹の目の前で、その落ちてきたうちの一人がすくっと立ちあがる。


「失礼、騒がせました」


そして涼しい顔で告げるのは、林俊リン・ジュンであった。

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