第521話 公式野次馬

「私が、ですか?」


雨妹ユイメイとて、野次馬をしに行きたくはあるけれど、ミンからその口実を与えられるとは思わなかった。

 一体どういうつもりかと戸惑う雨妹に、明がさらに言う。


「目的が知りたい。

 お前ならば口が上手いから、あちらがなにかポロっと漏らすかもしれん」


人聞きが悪いので、人を詐欺師かなにかのように言わないで欲しい。

 しかし、明ならばそのようなことをせずとも、自ら威圧で脅して言うことを聞かせれば済む話だろうに。


「明様が行かれる方が、手っ取り早いのでは?」


しかし、これに明が答えるには、「私はあの手の女が苦手だ」というなるほどな意見であった。


「じゃあ、私も行こうか?」


するとそこへ同行に立候補するのは、若干ワクワクしている胡霜フー・シュアンである。


チー家の娘っていうのがどんな奴か興味があるし、ひと目見てみたいね」


胡霜の希望に、明が「いいだろう」と許可を出した。

 この場にはリュもいるので、いざ危なくなったら安全を確保している隠し通路に入ってしまえる。

 護衛の手よりも、侵入者の排除が優先だと考えたようだ。

 というわけで、雨妹は立勇と胡霜の三人で連れだって、騒いでいる現場へと向かう。

 そこでは、報告通りに斉家の娘が拘束されていた。

 ここは関係者以外立ち入り禁止区域の境目から、少々入り込んでいるものの、それほどジャヤンタのいる部屋への接近を許したわけではないようだ。


 ――あの部屋にまでよく声が聞こえたけれど……なにか仕掛けがあるのかな?


 あの部屋がそもそも誰かを隠すための場所だとすると、わざと音が聞こえるように設計されたことも考えられる。

 考えられるのは、音を通すための穴があることか。

 最初立勇が困惑した様子であったのは、声の聞こえ方と人の気配が合わないことが理由だったのだろう。

 まあ、それも今はおいておくとして。


「わたくしを誰だと思っているの、その手を離しなさい……痛い!」


そのようにわめき散らす斉家の娘は供など連れておらず、一人であるようだ。

 捕えられる際にさんざん揉み合ったのだろう、衣服や髪は散々乱れている。


「どこを触っているか、わたくしに欲情するとは野獣めが!?」


拘束を解かない相手に対して、彼女はそんな風に批難している。

 相手の動揺を誘おうというのだろうが、言われている当人は全く動揺を見せず、手を緩めもしない。

 恐らくは一般兵ではなく、呂の仲間なのだろう。

 彼女は全くこちらに気付いている様子ではないので、雨妹は敢えて声をかける。


「ずいぶん方向感覚がおかしな人ですね、迷子にも程があるでしょうに」

「……!?」


雨妹の声を聞いて、彼女は怖い顔をしてこちらを振り向く。


「お前は!?」


どうやらあちらも雨妹のことを覚えていたようで、目をつり上げて睨んでくる。


シェン殿下を訪ねるには、まったく見当違いですよ。

 道に迷ったのであればそんな喧嘩腰にしないで、頭を下げて丁寧に教えを乞うべきではないですか?」

「なにを、誰が迷子だと……!」


彼女は言い返しそうになるが、途中で我に返って言葉を呑み込む。


 ――うん、目的がバレバレだね。


 ここで「迷子じゃない」と言ってしまえば、狙ってここへ来たことになる。

 頭に血が上って口が緩くなっているようなので、雨妹はもう少し煽ってみることにした。


「しかし、ここは友仁ユレン殿下がご滞在の離宮です。

 沈殿下に振り向いてもらえないならば友仁殿下に鞍替えとは、ずいぶんと節操がないのですね」

「わたくしを侮辱する気か!?」

「侮辱もなにも、事実そうでしょうに」


雨妹が心底馬鹿にする表情で言ってやれば、彼女は顔色が赤を通り越して白くなってきた。

 このように雨妹が彼女の相手をしている間、立勇と胡霜が周囲を窺うようにしているのだが、彼女は二人の動きに全く気付いていない。


「あのような子どもが、わたくしと釣り合うわけがない!」

「ああ、確かにあなたは友仁殿下のお相手としては、分不相応ですものね」

「なにを……!

 わたくしはあのような皇子の端くれなど好まぬし、わたくしに相応しくもない! 分不相応はあちらだ!

 わたくしは王の妃となる女よ!」


やはり、早くも彼女からポロリが出た。

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