第501話 崖っぷちの王太子
――宜は、丹にまで連なる火山がある国だったよね?
その火山のおかげで、ここ幡でも温泉が楽しめるわけだ。
あの広い大浴場はさすがにあれ以来使っていないが、温泉のお湯は結構頻繁に
そんな火山の恵みの一方で、火山は脅威も同時にもたらす。
雨妹は前世日本も火山だらけの国で生まれ育ったのでわかるが、火山の噴火口に隣接した地帯で農業をするには、途方もない規模での土壌改良が必要となる。
丹で農業と畜産が盛んなのは、噴火口から少し離れているおかげで、火山の恵みだけを受けられる土壌であったからかもしれない。
――
過酷比べをすれば、宜とていい勝負だろう。
そしてこれはつまり、宜は戦商売以上の良い稼ぐ手段をひねり出さない限り、今の体制を変えることなど到底できないというわけだ。
「なら、ジャヤンタ様が優秀な王太子であったとしても、商人たちを追い出すなんてできませんよね?」
雨妹の意見を聞いて、
「たとえ事をなしたとしても、後に金を稼げず国を困窮させるであろう。
それがわかっているから、綺麗事ばかり語り民を惑わせる王太子は、現状のように商人たちの手で王家の系譜から消されたのだ。
丹の姫は、その商人たちにいいように利用された形だな」
「リフィさんからすると、酷い話ですねぇ」
雨妹は不満で口を尖らせる。
そしてやはり立勇は太子の側近として、あの
それにしても雨妹はリフィとジャヤンタの婚約はてっきり、軍事強国である宜がただの我儘を言っているだけの政略結婚だと思っていた。
だが今の話だと、金を持っているのは宜だが、国力があるのは丹だということなる。
だから飯の種がわんさかある丹を取り込みたい、というのが宜の本当の思惑なのだろう。
宜では自分たちの飯の種は減ってきているのに、隣の貧乏人だと見下げている丹は富まずとも、平穏な生活をしている。
宜はその平穏さが羨ましく、同時に妬ましかったのかもしれない。
だから戦の煙を仕込む相手を丹に定めたのだろうか?
――隣の芝生は青く見えるっていうもんね。
そうなると気になるのは、あの朝食の席で沈が語った「ジャヤンタがリフィと添い遂げる気がなかった」という話だ。
今の話を当て込めば、これは「丹の国情を慮って」などという美談ではない。
「ジャヤンタ様は、リフィさんが産む子は邪魔だったんですかね?」
雨妹が呟いた言葉に、立勇が視線を鋭くした。
「また唐突だが、何故そう思った?」
問われた雨妹は、「私の勝手な想像ですけれど」と断って答える。
「丹が貧しくとも国力はあるとすれば、リフィさんが産んだ子が宜の王になれば、将来丹から国政に口出しされるのかな、と思いまして」
「宜で王家の力が不足していれば、あり得るな」
この雨妹の推測を立勇が肯定する。
「だから、ジャヤンタ殿下は丹の血をひく子が宜の王になる可能性を潰したかったのかな、とか?
だってそうなれば、ジャヤンタ殿下は歴史の中にあまりよくない意味で、名を残すことになるじゃないですか」
きっと未来の歴史の教科書に、「宜国が丹国へ併合されるきっかけを作ったのは、この王子だった」なんていう風に名前が載るのだろう。
その一方で商人連合は、丹の国力をあわよくば取り込みたくはあるが、正直今の王家の血統を維持することには頓着していない可能性がある。
むしろ商人たちは「自分たちが国を大きくした」と思っているのに、王家から「商人を追い出せ」と意見するジャヤンタが出てきたわけで、「今の王家は維持する価値がない」という考えになってもおかしくはない。
つまりリフィとの結婚は、ジャヤンタにとっては己の後に続く王家の血統の危機だったのだ。
そう考えると、ジャヤンタがリフィを歓迎できたはずがない。
「というような想像が、ボルカさんの話を聞いていてぐわっと巡ってしまいまして。
それが妙に現実的に思えたんですよねぇ」
雨妹が華流ドラマ脳を駆使した考えを語り切ると、立勇は「想像力が豊かだな」と言いつつも、この意見を否定しない。
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