第488話 もしかして、面倒臭い?

 ――けど、顔色はいいな。


 卓に置いたままになっている、ジャヤンタが食べ終えた朝食もかなり減っていて、食が進んでいるようだ。

 ジャヤンタの部屋替えをしてまだほんの丸二日であるが、健康的な環境はやはり体調を整えるらしい。


「お加減はいかがですか?」


雨妹ユイメイはニコリと笑みを浮かべつつ、ジャヤンタの脈を取り、肌の様子を見る。

 昨日は急遽決行された部屋の移動で疲れているだろうと思い、今後についての説明だけをして終え、呂には現状を悪化させない措置をとってもらったわけだが、今日はちゃんと回復してもらう手立てを考えるつもりだ。

 実際に肌に触れてわかったが、痩せているがむくみがかなり出ており、これはやはり寝たきり生活の後遺症だろう。

 布団をめくって足を見れば、パンパンに腫れ上がっていた。


「動かなかったせいで、むくみが酷いですね。

 ここまで出ていると、特に足が動かし辛かったでしょう」


まずは、リュを通じてジャヤンタに今の状態を説明する。


「むくみを取るのに、少々肌をさすりますので、力を抜いて楽にしていてくださいね」


雨妹がそう話しながら、ジャヤンタの足を掴んだ途端。


『なにをするか!?』


ジャヤンタが叱責する口調になり、弱々しいながらも激しく抵抗した。


「どうしました?」


雨妹は驚いたものの、顔には出さずにパッと手を放すと、すかさず呂が間に入る。


『だから事前に言ってあったでしょう、この娘がこれからあなたの治療をするのです』

『足を乱暴に掴むなど無礼ではないか、まずは額ずいて情けを乞え!』

『なにを仰いますやら、この娘はあなたの情けとやらが欲しいわけではありません。

 むしろあなたに情けを与えるのです』

『なんだと!?』


急にジャヤンタと呂が宜の言葉で揉め始めたので、雨妹は戸惑うしかない。


 ――なんなの、一体?


 だが雨妹はジャヤンタの言葉はわからずとも、この勢いは覚えがあった。

 後宮で気位が高い妃嬪や女官が、下位の者らを蔑む時にする仕草とよく似ている。

 ということは、ジャヤンタは身分が低い者と親しくするような性格ではないのだろう。


 ――国民に人気のある王太子っていうことだったけれど、ふぅん……?


 雨妹がこの気付きを心に書き留めたところで、呂が口論に見切りをつけて、てきぱきとジャヤンタの身体を抑え込み、動けなくしてしまった。


小妹シャオメイ、気にせず続けていいぞぉ。

 この方のコレに付き合っていたら、なにもできないからな」


そう言ってひらひらと手を振る呂に、雨妹は「そうですか?」と首をひねりつつも、念のために友仁ユレンを窺う。

 それに友仁がコクリと頷くので、雨妹は「主の許可を得た」という建前ができたため、作業を再開しようとジャヤンタの足を掴む。

 それでも最初は抵抗していたジャヤンタだが、やがて雨妹がやっていることを微かにでも理解したのか、力が抜けていく。

 恐らくは、こんなにがっつり掴まれてさすられるとは思わなかったのだろう。

 それでも不満そうな顔を隠さないので、今の状況が不快なのだろうというのはわかった。

 こうして大人しく雨妹に特に足を重点的にさすられた後は、室内を軽く歩いてもらうことになった。

 むくみを取るためには、歩いてもらうのが一番だ。

 全身の筋肉が弱っているジャヤンタは一人で立つこともままならないので、胡霜フー・シュアンに手助けをしてもらおうとなった。

 呂はいざという時に対応するために、両手を空けておく方がいいと考えてのことだ。


『軽々しく触れるでない、無礼者!』


これにもまたジャヤンタが噛みつき、弱々しくだが抵抗している。

 ジャヤンタの言葉はわからずとも、雰囲気で内容が察せられたのだろう胡霜が、あからさまに嫌な顔をした。


「この男、馬で牽き回したくなるね」


どうせジャヤンタにはわからないと思ってボソッと過激発言を零す胡霜に、雨妹は「まあまあ」と宥める。

 ジャヤンタが半地下の部屋に閉じ込められるようにしていた時には、もっと静かな人だと感じたのだが、今はまるでその反動のように興奮していた。

 というか、こちらがそもそもの性格だとも考えられる。


 ――この人、ひょっとしなくても面倒臭い患者さんかも。


 呂が懸念して事前に忠告を上げたのは、ジャヤンタのこういうところなのだろう。

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