第482話 長い一日だった

こうして友仁ユレンが納得したところで、リフィから貰ったバクラヴァの皿を持って、胡安フー・アンの待つ部屋へと戻った。


「土地ならではの食事を食べるのは、自慢できますね。

 後でリフィ殿に感謝の文を書くとしましょう」


そう言って胡安はバクラヴァのお土産を喜んだ。


「私と友仁殿下しか食べていませんから、ぜひ皆さんで分けてほしいです」


雨妹ユイメイ立勇リーヨン胡霜フー・シュアンの口にも入るようにと暗にお願いすると、胡安は頷いてくれる。

 しかし惜しむらくは、このバクラヴァに合う絶品の奶茶がないことだろう。


「あのリフィの美味しい奶茶を、母上にも飲んで欲しいな」


よほどリフィの淹れる奶茶が気に入ったのだろう、友仁が口を尖らせて言った。


「リフィさんに淹れ方のコツを聞いてみるのも、いいかもしれませんね」


そんな友仁に、雨妹はそう提案してみた。

 その際に実践で教わるのは、今いる面々でお茶の技が最も上等であるということで、おそらくは立勇になるだろう。

 達人の言葉は、達人に近しい人に聞いてもらうのが一番だ。


 ――たぶん私が聞いても、なにを言われているのかわからない自信があるもんね!


 立勇から母の秀玲シォウリンに伝わり、後々雨妹の口に入るようになれば幸せである。


「……」


雨妹の内心が伝わってしまったのか、扉の傍に立つ立勇がこちらへジト目を向けている。

 雨妹が自分で提案しながらも他人頼りなのが不満かもしれないが、適材適所というものがあるので、ぜひ受け入れてほしい。

 そんなことを考えていた雨妹に、胡安が告げた。


「雨妹はもう下がっていいでしょう。

 お茶会の様子は胡霜から聞くことにします」


どうやら昨夜から異例の事態に直面しっぱなしであった雨妹を、胡安は気遣ってくれているようだ。


「あなたにも休息が必要です。

 本日の夕食は我々でしかと確認しますし、問題があれば伺いますので」

「では、下がらせていただきます」


胡安がちゃんと方々に配慮するのを、雨妹はありがたく受けることにした。

 意地を張って働いて、疲れて倒れる方が迷惑なので、引き際も大事である。


「しかと休め」


自室まで送り届けてくれた立勇にまで労わられたので、ひょっとして雨妹は疲れが顔に出始めていたのかもしれない。


 ――けど、本当に疲れたなぁ。


 朝から沈との胃もたれする朝食会をして、ジャヤンタの様子を見に行って、リフィとのお茶会をしてと、なんとも忙しかったことだ。

 まだ日が落ちるまで時間があるというのに、気分は二、三日もぶっ続けで働いたように感じる。

 これは体力面で疲れたというより、気疲れだろう。


 ――それにしてもまさか、余所の国の王族問題に悩まされるとはねぇ。


 雨妹はせっかく公主の身分が世間に露呈することなく、一般人として気楽に過ごしていたというのに。

 自国では父と兄とが優秀なおかげで、雨妹にその手の問題が降りかかることがなかっただけに、まさかの事態である。

 こうして疲れ果ててしまった雨妹は、運ばれてきた夕食を一人でもそもそと食べた後、布団に包まるとスコンと寝てしまうのだった。

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