第468話 胡霜に興味津々

というわけで。

 友仁ユレンの幡滞在時のお付きに、胡霜フー・シュアンが加わることとなった。

 雨妹ユイメイたちは人足仕事の引継ぎを済ませた胡霜を連れて、友仁が滞在する離宮へと向かう。

 雨妹が胡霜と横に並んで歩いていると、前を行く立勇リーヨン胡安フー・アンがひそひそと話をしている。


「胡霜が護衛も担ってくれるのであれば、使える手立てが広がるのではないか?

 ミン様をただ護衛として友仁殿下のお側に貼り付けておくのは、人材としてもったいない」


「確かに、明様はこの一行の中でも独自に動くことを許可された方ですので、人材が不足しているとはいえ、明様でなくても良い仕事を押し付けて申し訳ない状況だと思っております」


 ――あれ、明様ってそんな権力を持っていたのか。


 胡安の話を聞いて、雨妹は初耳の情報に目を丸くする。

 それはつまり、ここでは皇子二人に次ぐ権力者ということになり、なるほど、明は皇帝の代理としてこの一行にいるのだと、再認識させられる。

 皇帝代理が皇子の護衛に張り付きっぱなしなのは、確かにもったいないことだ。

 一方で、友仁の安全を守るのはなによりも優先するべき仕事であるが、その仕事に従事する者は、腕が立つのであれば兵士でも誰でも良いわけではない。

 なので立勇が雨妹に張り付いていると、自然明が友仁の側を離れられないことになる。

 かといって、雨妹に張り付いている立勇に「どうぞ友仁殿下の方へ行ってください」とお願いする力を、自分が持っているはずもない。

 友仁付きの中で最も身分が低く、自力で身を守る術も持たない雨妹にこそ、「敵に利用されて情報流出」とならないためにも、護衛が必要だろう。

 そもそも、後宮の宮女は外出した際に自由行動ができないのだから、護衛が張り付いているのが普通なのだ。

 そう考えると、身分としては胡家という申し分ない出であり、傭兵として武力があると思われる胡霜は、今の友仁側にはありがたい人材と言える。

 そんな貴重な人材たる胡霜を、雨妹は先程からちらちらと見ていた。

 前世も今世も、傭兵という商売に縁がなかったので、興味津々なのだ。


「あの、傭兵団とは普段どのようなお仕事をするのですか?

 いつも戦ってばかりでもないのですか?」

「後宮女が傭兵を気にするたぁ、変わっているね」


思い切って質問してみた雨妹のワクワク顔を見て、胡霜は怪訝そうにしている。


「そうですかね?」


胡霜の言葉に首をひねる雨妹だが、内心では「そうかも」とも思う。

 少なくとも一般的な宮女や女官であれば、傭兵などについて「野蛮人」だなんだと貶しそうである。

 けれど雨妹には見知らぬ世界とは魅力的なものであり、未知の世界と接したことを帰った時の土産話にしたいのだ。

 胡霜は雨妹の表情から嫌味で話を振ったわけではないとわかったようで、質問に答えてくれた。


「ウチはどっちかというと、商隊や貴人の護衛みたいな仕事が多いね。

 地方の内乱なんかで兵を集めている場合もあるが、ああいうのはお偉いお人が戦場のことに口を挟んできて面倒だから、皆やりたがらないのさ」


そう言って「ふん」と息を吐く胡霜に、雨妹は気になったことをさらに聞いてみた。


「じゃあ、東国との国境には行かなかった?」


この問いかけに、胡霜は「東国ねぇ」と意味ありげな笑みを浮かべる。


「近付きもしないし、アレこそ面倒の極みさ。

 ウチの長老曰く、長く続く小競り合いっていうのは、だいたい単なるお互いの馴れ合い。

 恋人同士の痴話げんかと似たようなものなんだとさ」

「ほほう!」


東国での騒動について真理をついている傭兵団の長老の言葉に、雨妹が感心の声を上げると。


「ぶふっ!」


前方から、立勇の笑い声が堪えきれず漏れた。

 どうやらこちらの会話に耳を澄ませていたらしい。


 ――あの大騒動を、恋人たちの痴話げんかに置き換えられるとねぇ。


 確かに痴話げんかとは、周囲にいる関係者が多大なる迷惑を被るが、当の本人たちは悪びれずにケロッとしているものだ。

 それにしても、その道を生きる人には、怪しい臭いを嗅ぎ分けるものらしい。

 胡霜の話は、崔国の上層部ではあまり出てこないような意見のように思うが、この手厳しい言葉は金ずくで動く傭兵だからこそなのかもしれない。

 同じ戦いを生業とする国の兵士とは、また違った理に従っているのだろう。

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