第461話 見図れない相手
――それにしても、やはり真の目的は雨妹であったか。
事前に
『もし
明がそのように心配して、明賢に頼んで
明は根本的にとにかく雨妹に強く出られないように見受けられるので、騒動となった場合に仲裁するのは確かに難しいだろう。
そのように警戒する立勇に、沈が話を続ける。
「それにしても、あれだけ頭の回るところを見るに、あの娘はやはり公主の身分が目当てか?
青い目持ちであることを良いように吹き込まれたのかもしれぬが、実際には面倒事ばかりが寄ってくる身分だというのに」
沈の態度は「馬鹿な娘をこき下ろす」ものであったが、この意見は果たして本気なのか、あるいは立勇を試しているのか? と迷う所であろう。
そしてやはり、雨妹の素性も調べてあるのだ。
朝食の席を「青い目」で括ったのは、沈が隙を見て雨妹と話をしたかったのもあるのかもしれない。
けれど、雨妹と友仁がその隙を作らなかった。
『あのお人の態度は、常に裏があると考えていろ』
この明の忠告は、なるほど大事である。
――雨妹の発言の機会を潰した、友仁殿下のお手柄だな。
そんなことを考えながら、立勇は言葉を紡ぐ。
「沈殿下、それを雨妹に直接問うたのであれば、おそらくは肝の芯から冷やされたことでしょう」
雨妹はあの青い目に力を込めて沈を射抜くように見つめ、不敬だなんていう意識をすっ飛ばして「余計なお世話だ!」と言い放ったかもしれない。
――平穏か、雨妹には似合わない言葉だ。
いや、雨妹本人は平穏を愛しているだろうし、暇でダラダラと過ごすことも好む。
けれどその一方で、困難に直面した時の雨妹の青い目の強い輝きは、とても美しいと立勇は思う。
あの目力は、彼女が父から受け継いだものだろうけれども。
その父たる志偉は、今回雨妹から沈を遠ざけなかった。
立勇にはこの沈という皇子がどのような内面を抱くのか、読み解くのが難しい。
けれど志偉には、沈とは雨妹にとって害のある人物ではないという判断があるのだろう。
明確に遠ざけられた大偉とは、そこが違う点だ。
――雨妹であればあるいは、
立勇は雨妹の気の抜けた間抜け面と、目の前の皇子のものとは違う強く青い眼差しを思い浮かべ、沈に語る。
「雨妹がどう生きるかはあの娘が考え、選んでいくのです。
流されるように生きるのもまた選択であり、その逆だってそう。
その選択の可否などということを、他人にとやかく言ってはいけない。
それは自惚れと言われましょう」
自らの選択がどのような結論を出すとしても――それが直視するのも難しい胸の悪くなるような事態になったとしても、雨妹はそれが己の決断の結果だとしたら、無理やりにでも飲み込むだろう。
それくらいに、雨妹は選択の責任というものを知っている娘だ。
立勇は雨妹が後宮にやってきた当初から見ているが、その姿勢は尊敬するし、学ぶべきだとも思っている。
それに立勇には雨妹が沈になんと答えるかくらい、容易に想像がつく。
「もし雨妹がその問いに直接答えるとするならば。
あの目で、あの場所を見てみたかっただけだと、そう述べたことでしょう」
『それ以外に、なんの理由がありますか?』
そんなあっけらかんとした雨妹の声が、立勇の脳裏に響くようだ。
「言葉が過ぎた無礼は、この通り謝罪します」
沈にそう述べた立勇は礼をとると、そのまま立ち去っていく。
去っていく立勇の背中を、しばし見つめていた沈であったが。
「くそぅ、こちらも隙がないか」
沈が残念そうに零す。
あわよくばあの娘を引き込もうと思った沈であったが、なるほど、手ごわすぎる番犬だ。
安易に噛みついてくれれば、丸め込むのも簡単であるのに、あの男はそれをしなかった。
皇帝も雨妹を無防備には後宮から出さなかったというわけか、と納得する。
雨妹が後宮にやってきて、ほんの一年と少しであると聞く。
主従でもない、傍から見れば赤の他人同士であるというのに、雨妹と立勇はずいぶんと絆を強くしているものだ――そのような他者との絆など、かつての沈には持ち得なかったものだった。
「なにも考えずに未知へと飛び込む……我には出来ぬ芸当よな」
沈はどこか羨むように、遠くを見つめていた。
***
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