第458話 勝利と言ってもよい

ともあれ、シェン友仁ユレンに譲歩する気になったらしい。


「では、我は友仁の望む褒美をなにか用意しよう。

 どのようなことでも、可能な限りで叶える。これでどうだ?」

「……! はい、後で書面をください!」


沈の言葉にそう返す友仁は、これまた胡安フー・アンにしっかり仕込まれていた。


 ――沈殿下、せめて友仁に「なにが欲しい?」とか聞かないとさぁ。


 子どもが欲しがるものなどたかが知れているとでも考えたのかもしれないが、あとでこの約束を思い返し、頭を抱えることだろう。

 胡安あたりも「せいぜい報酬を分捕ってしまえ」と吹き込むはずだ。

 しかしこのことを、雨妹ユイメイの方から指摘してやる義理はない。

 すまし顔でいる雨妹を、沈が疑わしそうに眺めていたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。


「では友仁たち主従に依頼したい。

 ジャヤンタ殿下とリフィの関係を整理、できれば解消して、幡に襲い来る脅威を退けてほしい」

「国の大事ですので、受けましょう」


この沈の頼みに、友仁は精一杯偉そうに頷くのだった。



こうして、雨妹はなんだかんだで出された食事を完食してしまったところで、朝食会が終わった。

 沈の部屋から退出すると、部屋の外で待つのは人払いされた部屋の前を守っていたミンだけだった。

 リンの姿はないので、どこか別の場所で仕事をしているのだろう。


「お、どうだ?」


友仁を先導して出てきた立勇リーヨンに、明が言葉短く問う。


「なんとか」


立勇も言葉短く答えたのに、明が眉を上げる。


「友仁殿下!」


するとそこへ、人払いをかけられたために別の場所にいたらしいリフィが、部屋から人が出てきた気配を察したらしく、姿を見せた。


「お食事に不自由はございませんでしたか?」


側仕えではない近衛に給仕をさせるという状況だったからであろう、リフィはまずそう友仁に気遣ってきた。

 これに友仁が笑みを返す。


「不自由はなかったけれど、私はリフィの奶茶が飲みたかったな」


友仁がそう述べるのに、リフィは微かに目を見張ってから、微笑んだ。


「そのように言っていただけるとは、嬉しいことでございます。

 では午後のお茶の時間にでも、お茶を淹れに参りましょう」

「うん、待っている」


リフィとこのような会話を交わした後、友仁は自室に戻ることとなった。

 話を聞くためにと、立勇が部屋の中へ共に入っていき、明が外で扉の前を守る。


「胡安、私やったよ!」


友仁は部屋へ入るなり、真っ先にそう報告した。


「それはようございました」


胡安はそう友仁を褒めてから、立勇から事のあらましを聞いて一つ一つ木簡に書きつけていたが、やがて目を細める。


「立勇殿もおりましたので、最悪な状況は避けられるであろうとは思っておりましたが。

 友仁殿下、弱い立場の雨妹を守り切るとは、ご立派でございましたね」


胡安が改めて褒めるのに、雨妹も「うんうん」と頷く。


「友仁殿下のおかげで助かりました。

 あの時なにを答えるべきかと迷っていたので、下手なことを言わずに済みましたもの」

「本当に、私も見ていてヒヤヒヤさせられました」


雨妹が感謝する横で、立勇がそう言ってため息を吐く。


「ふふふ」


皆から褒められ、友仁はくすぐったそうな顔で笑う。

 ところで、朝から色々と頭を使わされてしまったし、今後のことでも考えることは様々あるが。


「まずは友仁殿下、昼寝をしましょう!」


雨妹が提案したのはコレであった。

 寝不足で考え事をすると、大抵ろくなことを考えないのである。

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