第457話 反撃する

「……」


この尤もな意見に、シェンが咄嗟に言い返せないでいるところへ、友仁ユレンが畳みかけていく。


「私と叔父上は、皇子として対等なはず。

 私になにかを頼むのならば、叔父上は私になにをくれるのですか?

 えっと……そう! くたびれ損は御免です!」


そう言い放った友仁はむん、と胸を張った。


「……はは」


最後をびしっと格好良く決めてみせた友仁に、沈が驚き交じりの乾いた笑いを零した。


 ――まあ、「くたびれ損」とか、皇子が使う言葉じゃあないもんね。


 この俗っぽい言葉を友仁に吹き込んだのは十中八九、胡安フー・アンだろう。

 なるほど、胡安は主と同行させてもらえないことを想定して、ちゃんと友仁に作戦を吹き込んでいたのだ。

 驚くやら気が抜けるやらであった雨妹ユイメイに、友仁がにこりとして口元を寄せてくる。

 

「安心して、私は明賢メイシェン兄上から『雨妹を便利に使わせてはならない』と頼まれているんだ」


そうひそっとささやいてきた友仁に、雨妹は思わず「ふふっ」と笑みを零す。

 沈のような性格の者にとっての天敵は、案外友仁のような素直な子どもなのかもしれない。

 あまり考え過ぎることをせず、己のやるべきことだけを考えている。

 友仁の口からこうもスラスラと言葉が出てきたのは、これがとっさの付け焼刃ではないからだろう。

 恐らくは同じ皇子同士であるのに沈の側から下に見られないようにと、旅の間から胡安がずっと友仁を教育していたのだ。


 ――私、お兄ちゃんと弟に助けられたよ。


 雨妹は沈の話の勢いに巻き込まれそうになっていた気持ちが、スッと引き締まっていくのがわかる。

 今語られた話は、あくまで「沈目線」での事実でしかない。

 沈はこれまで苦労をしたようだが、それでもやはり皇帝の座を狙える皇子という立場にいる人物だ。

 己に近しい立場にいるジャヤンタの方により同情的な見方になるのは、自然な流れなのだろう。

 そしてなまじ己が有能であるがゆえに、他者にも同じ能力を求めてしまうのかもしれない。

 そうした事情から、沈のリフィに対する評価が最初から減点されてしまっている可能性も、考慮しなくてはならない。

 前世でも、新人看護師がなまじ能力の高い医者や看護師仲間と仕事をするのは、案外上手くいかなかったりしたのだ。

 それに結局の話、リフィとジャヤンタの当人たちそれぞれから事情を聞かなければ、なにも判断できない。

 加えて今の沈の話に、嘘が混ぜられていないと信じていいものだろうか?

 沈はこれまでの短期間で雨妹たちを翻弄してきたではないか。

 呂にでも尋ねて、情報の精査をするべきだろう。


 ――沈殿下の都合に流されては駄目だ!


 これらに思いを巡らせる隙を与えてくれた友仁には、本当に感謝である。


「ありがとうございます、友仁殿下。

 立場が上の者には逆らえない、下っ端の私を気遣ってくださったなんて。

 得難い主の下で働けるなど、私は幸せ者でございます」


雨妹は目をしぱしぱに乾かして強引に流した涙をそっと拭ってみせた。


「部下を守るのが、主というものだからね!」


そう声を張った友仁から、またまた鼻息が漏れる。


「……はぁ、これは我の負けだな」


沈が完全に己が悪者側となってしまっている構図に、「降参だ」とでも言うように片手を上げてみせた。


「なるほど、友仁のお付きを勝手に動かそうなど、確かに我が浅慮であった」

「そうです! 雨妹がとても有能だから、羨ましくてつい『手伝ってもらいたい』と考えてしまうのはわかります。

 けれど礼儀は守ってください!」


友仁が釘を刺しつつ、さり気なく互いのお付きの差を自慢するのに、沈が渋い顔になる。


「本当に、羨ましく思うぞ……」


そう本音らしきものを漏らした沈がチラチラとこちらに視線を送るが、雨妹はまるっと無視である。

 雨妹からなんとか友仁に取り成してほしいようであるが、下っ端は主に逆らったりしないのだ。

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