第333話 奮闘するも

この情報を出したのは、第二王子の妻となった東国の姫が国元から連れてきた側近で、医者だという者だった。

 東国の姫らは密かにダジャの精液を入手し、分析したのだという。

 王宮を留守にしている間のことに、ダジャは当然怒った。


 ――私が悪いと言うのか!?


 子を産むのは女であるというのに、その責任を男に押し付けるとはなんたることか。

 このダジャの怒りに、しかし東国の医者は小馬鹿にした目を向けてきた。


「子は女と男の両方の力が協力しないと為せない奇跡。

 それを女だけが悪いなどと、頭の悪いことを仰る」


流暢な把国語で言ってくるのが、また憎らしい。

 そしてダジャが知らぬ間に、ルシュと東国の姫とが子をもうけていたというのが、さらなる衝撃を与えた。

 そんな情報、ダジャには知らされていなかったのだ。

 精液を採られたということは、ダジャの身近に裏切り者がいるということに他ならない。

 気が付けば王宮内では、ダジャの味方をしようという者が少なくなっていた。


「そもそも王宮に居らずに遊び惚けている者に、なにを言えるか」


そのような論調がほとんどで、ダジャが「民の平穏のために戦っている!」という反論は、意味を為さなかった。

 それに戦いに逃げていることを、ダジャ自身とてよく知っていたからだ。

 こうなればダジャはせめて、王子としての能力で己の力を示すしかない。

 王子としてやるべきことを為してみせれば、きっと周囲もダジャを厭うのは過ちであったと気付き、悔いることであろう。

 そうなったところで、「子種がない」などというのは第二王子の流言だと、そう説明すればいいのだ。


 ――子が出来ないのは私のせいではない、そうだ、あの従妹は子が出来ない女だったのだろう。


 つまり自分はそれに巻き込まれたのだと、ダジャは自身を被害者と捉えることで、気持ちを落ち着かせた。

 思い改めたダジャは出来る限り王宮で過ごすようになり、会議にも顔を出すようになる。

 そのような経緯でダジャが参加したとある会議で話し合われたのが、「王宮の外街で奇妙な病が蔓延しており、民に不安が広がっている」という報告についてだ。

 けれどダジャには、この件のなにが問題なのかわからない。

 というより、わからなかった。

 外街はいつも馬で通り過ぎるだけの場所であり、最近は王宮裏から出るために通っておらず、つまり外街の様子など知らなかった。

 外街に用事があるとしても、街の者が御用伺いにダジャの宮までやって来るのが通常である。

 それに正直、王宮の外の者がどういう暮らしをしているのか、気にしたこともない。

 それでも病というのは、結局いつもの「アレ」であろうに。


「病など、いつものことではないか」


そのようなことに頭を使うよりも、盗賊被害を減らすために軍を増強することを考えるべきだ。

 ダジャは会議でそう進言した。

 病をどうのと言い出したのが第二王子を推している一派であるのも、反発の理由であったのは認めよう。

 第二王子が気に食わない者たちはダジャの意見に賛成して、会議は平行線となる。

 結局その会議では話がまとまらず、また後日に話し合うこととなった。

 けれどその後、ダジャは父王に呼び出される。

 久しぶりに顔を見た父王は、もうじき死者の国へと旅立つのかと思うほどにやせ衰えていた。


「ダジャルファードよ、弱き民への慈悲の心を忘れてはならぬ」


父王が唐突に意味の分からぬことを言ったものだと、ダジャは父王の耄碌を憂う。


「仰る意味がわかりませぬ。

 私は十分な慈悲を民に与えているではないですか」

「……そうか」


ダジャの反論に、父王はそうとだけ言うと、目を閉じてなにも言わなくなった。

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