第309話 駄々捏ね宇

 しかしユウにはそのような大偉ダウェイの事情なんてわからないもので。


「えぇ~? お兄さんは一緒じゃないの?」


宇が頬を膨らませて不満を口にする。

 宇には事前に別の者へと引き渡されると伝えてあったのだが、どうやら宇はまだ大偉と一緒にいたいらしい。


 ――殿下に懐くようなことが、なにかあったか?


 大偉がなにか子ども受けをすることをやったり言ったりしたような記憶は、今のところフェイにはないので、まったく妙なことだ。

 けれど、この宇の不満に大偉は冷めた目を向ける。


「私は忙しいのだ。

 これから『軍を動かさず、血を流さずに』苑州に巣食う悪者共を落とす方法とやらを、考えなければならないのだからな」


大偉は別にこれから偉業に臨むというような苦労自慢をしたいわけではなく、ただ「構う暇などない」という時間的なことを述べたのだろう。

 しかし、この話に宇が食い付いた。


「なにそれ、面白そう! ずるいずるい、僕もやりたい!」


この宇の言葉に、即意見したのはマオだ。


「なりません!

 御身を安全な場所に逃がすことこそ、今やるべきことです!」

「えぇ、だってやりたくない!?

 こんなワクワクすること!」


しかし、宇は頬を膨らませて不満を述べる。


 ――おいおい、遊びじゃあないんだがな。


 まるで「隣の子どもが珍しいおもちゃを持っている」とでもいうような宇の反応に、飛は呆れてしまう。


「ずるいことなどあるものか。

 まだこれといって良い案が浮かんでおらぬのだぞ?」


騒ぎ立てる宇に、大偉が冷静に意見を述べて「面白いものではない」と思わせようとしている。

 大偉なりに、子どもを連れて行くような場所ではないことを、ちゃんと考えているらしい。

 けれど、宇は大偉の説得にもくじけなかった。


「はいはい! 僕にいい考えがある!

 僕ね、結構策士なんだから、エッヘン!」


宇が自分で言いながら胸を張る。

 「策士」だと自ら名乗るのは、飛としては微笑ましいやら馬鹿らしいやらな気がするが。

 一方で「女と子どもの二人連れが、州城から逃れることができている」という事実も確かであった。

 今の所、毛に逃亡に利するような、文なり武なりの非凡な才覚があるようには見受けられない。

 ならば、二人が逃れられたのは運と、残る一人である宇の才覚だということになる。

 大偉が、宇の言葉に興味を示したらしい。


「ほぉ、それは使える手なのだろうな?」

「もちろん、僕嘘つかないよ。

 だから連れて行けばすごくお得なんだから!」


問うてくる大偉に、宇がにんまりと笑う。

 その時、飛はふと気が付く。


「あ!」


なんと、事の成り行きを黙って見守っていたであろう居眠りしていた影が、いつの間にかいなくなっているではないか。

 風向きがおかしいと察して一旦姿を消したのだろうが、あちらとて宇の行動をあらかた見ていることだろう。


 ――くそぅ奴め、面倒そうだからと押し付けたな!


 そう察した飛は、憮然と立ち尽くす。

 おそらく影は、宇の身柄を都へ連れて行くことが必須命令ではないのだろう。

 宇は影の制御下に囲える存在ではないと、そう判断されたのか?

 それは困る、飛個人としては大問題だ。


「ふむ、あちらは去ったか」


大偉も影がいなくなったことに気付いたらしく、どうしたものかと顎を撫でている。

 万が一このまま同行者が現れないとなれば、大偉と別行動をしてもらう場合、宇と毛の二人旅をしてもらうことになる。

 いや、宇であればそれも出来そうに思えるのだが、果たしてこの子どもが素直に都へ真っ直ぐに向かうものなのか?

 毛一人に宇の行動修正を課すのは、まだ経験の浅い若い娘である毛にはいささか酷というものだろう。

 ということは、どうなるかというと。


「仕方ない、ここまで無駄足になったが連れて行くか」


大偉の決断に、飛はがっくりと肩を落とす。

 この後の宇たちの同行が決定してしまったのだ。

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