第310話 抜け道
そんなわけで、
「ふんふんふ~ん♪」
だというのに、宇がご機嫌で大偉の隣を歩いている。
どこかで拾った木の枝を振りながら、まるでどこぞへ行楽に行くかのような気楽さだ。
まあ、これはこれで周囲への目くらましとして有効なのだけれども。
まさか
とはいえ、大偉と飛の二人の時と違って、足の一番遅い
これには「一番足が遅いのは宇ではないのか?」と思えそうであるが、この子どもは案外足腰が頑丈で、体力があるのだ。
宇曰く「意地悪爺に嫌でも鍛えられたんだから」とのことである。
けれどその代わりに毛は、地元民であるが故の抜け道を知っていた。
彼女がぜひにと言って立ち寄った里で、老女に無言で案内された先にあったのは、山の中で木々に隠された扉である。
「どうぞ」
老女が扉の鍵を開けて場所を譲れば、そこには大きな空洞がずっと向こうまで続く隧道があった。
「このような道があるとは、驚きだ」
さすがの飛も驚くのに、毛がこのように説明してくる。
「この地は古来より戦場になることが多かったので、こうした逃げ道がいくつも隠されているのです。
婆よ、もうここで良い」
毛が案内した老女を労わる。
「お嬢様、どうか、どうかご無事で……」
老女はそう告げて、これから州城へと戻る毛の手を、両手でしばらく握っていた。
大偉一行は、このような隧道をいくつか通り、いつの間にやら州城の近くまで来ていた。
「ははぁ、州境からここまで、これほど早くたどり着けたのは初めてだ」
「そうなのか?」
飛が驚いているのに、大偉が尋ねてくる。
「ええ、これでも昔に苑州には幾度か潜入しましたがね。
まあ州城までの道が険しいのやら、そもそも道がないのやらで、大変な目に遭いましたよ」
大偉の元で働く前のことであるが、苑州は本当にやっかいな土地であるというのは、どんな影でも共通意見としてあった。
別に州城の守りが堅固だということではない。
いや、ある意味堅固なのだろうが、それは人為的な堅固さではなく、天然の要塞としての堅固さであるのだ。
城へと至る道とて敢えて作られておらず、自力で険しい岩山を攻略して到達せねばならず、この岩山とて似たような景色が続くので迷うのが必至。
つまり、客人をすんなりと招くつもりが全くない城なのである。
その城への行き来を、当人たちも苦労してやっているのだろうか?
苑州人とはつくづく足腰が頑健であるなと、かつての飛は考えていたものだ。
しかしその答えが今になって明かされた。
なんのことはない、楽な道がちゃんと作られていたのだ。
「考えたものだなぁ」
「これは、かつてこの地を支配すると決め、城を築いた偉大なるお人が造られた仕組みでございます。
過酷な場所ゆえ、敵を撃退するのも容易であると考えられたのです」
感心する飛に、毛が城と隧道の歴史について語る。
最初に開拓した者はこのような不便な環境を己の領地にしようとしただけあって、不便さを利に変える知恵があったのだろう。
それにしても、言うは易しだが実際に城を築き隧道を掘るのは、大変な労力であったのは想像できる。
そうまでしてこの地に住まわったのは、この地を愛していたからなのか、はたまた他の土地に行くことができなかったからなのか。
過去の偉人に思いを馳せる飛の傍らで、大偉が目を鋭くしていた。
「その重要な道を、皇族である我に明かしてよかったのか? いずれこれを利用してなにか企むかもしれぬ」
大偉の言葉に、毛はしかし皮肉気な笑みを浮かべた。
「偉人の遺産が、敵の手に渡ってしまったとあれば意味がない。
不都合となれば、今通った道は塞いでしまえばいいのです。
どうせ他にもあるのですから」
なるほど、明かした道は潰しても特に惜しくはないというわけか。
そうなると、一体どれだけの隧道が存在するのか、飛としてはいっそ興味深いものだ。
なるほど、女と子ども二人連れが無事に州城から離れられた理由が、これで見えた。
こうした逃げ道をいくつか使ったのだろう。
それでも苑州内には他に隧道の存在を知っている者がいるはずだ。
どの隧道を逃げ道に使うか、かなり計算をしたに違いない。
とまあ、このような話をしたところで。
「さて」
州城を目前にして、大偉は改めて宇に向き直った。
「これ以上先に踏み入れるならば、もう後戻りはできぬ。
今一度問おう、お前は私に協力をしてどんな利があるというのだ?」
大偉の純粋な疑問に、宇がニパリと笑って言った。
「決まっているじゃん、嫌がらせさぁ」
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