第282話 既視感
――なんか、聞いたことがある話なんだけど。
誰もやらないことを突然やり始めて、他の住民から奇異に思われる。
これはまさに辺境の里での雨妹のことではないか。
辺境での雨妹が、「変わり者」で通っていたことは認めるところだ。
むしろ、だからこそ里長から「後宮行き」を理由に里を追い出された、という側面もなくはない。
大きな揉め事が起きる前に排除したかったわけだ。
まあそれも、両者とも利点があったので、むしろ良かったと言えるのだけれども。
それはともかくとして。
となると、いったいどういうことになるのか?
もしかして、宇も雨妹と同じ「前世持ち」だったりするのだろうか?
――そうだよね、私みたいな前世の記憶を持っているのが、世界に私唯一人だけってことはないだろうし。
それこそ、物語の中の英雄でもあるまいに。
雨妹は己をそんな「特別な存在」だとは考えていない。
数は少ないだろうけれど、前世の記憶持ちな人はきっともっとどこかにいることだろう。
まあ、その真偽は置いておくとして。
今まで「静の双子の弟」という存在でしかなかった「宇」という少年が、ここにきて雨妹の中で存在感が増してきた。
このリバーシ遊びは、宇が石に色をつけることが難しいために、泥で汚すという手法がとられたのかもしれない。
なにもない環境の中で、考えたものなのだろう。
宇がどんな子どもなのか俄然気になってきた雨妹だが、恐らくは皇帝周辺の人が調べてくれているだろうし、そのうち情報が入るのを待つしかない。
それにしても、久しぶりにやったリバーシは楽しかった。
もっと遊びやすく道具を整えば、他の宮女もやりたがるのではないだろうか? 泥で汚すやり方は、簡単ではあるが少々見た目がよろしくない。
「ねえ静静、どうせだったらさ、遊びやすいように石を磨いてもっと握りやすくしてさ、色も綺麗な風に塗ろうよ。
そうやって綺麗にそろった石を持って帰ったらさ、宇もきっとびっくりするし、喜ぶんじゃない?」
この雨妹の提案を、静は思ってもみなかったようで、目をまん丸にしてから、にぱっと笑う。
「そうか、そうだね!
都にはなんでもあるって、宇も言っていた!
そうか、そういうこともできるのか!」
静の使命感以外での都でやりたいことが、一つできたようだ。
こうしてリバーシでひとしきり遊んでいたら、日が暮れようとしていた。
遊んだ後は、勉強の時間だ。
静はまず文字を書くということをしたことがないのだから、筆の握り方や墨の扱い方から教えなければならなかった。
「そうそう、そのくらい先を浸してね。
浸し過ぎたら墨がボタボタこぼれちゃうから」
「うん、おぉ、あ!」
雨妹が教えるのを聞きながら、静が時折声を上げつつなんとか墨を含んだ筆を木簡の上まで持ってくる。
まず書いてもらうのは、静の名前である「何静」であった。
「書けた!」
「へぇ、上手だよ静静」
生まれて初めて書いた自分の名前を得意げに掲げる静に、雨妹は手を叩いて褒める。
「私たちみたいなのはこの木簡とかを使うけど、お偉い人は紙に書くね」
実際、雨妹は立彬に手紙を出すとなると、ちゃんと紙を買って書いていた。
「あと、楊おばさんはこうして木簡を奮発してくれたけど、竹簡だともうちょっと安く手に入るよ」
「へぇ~」
「こうした文房具類を手に入れるなら、調達してくれる係の人に頼んで後から給金から差し引いてもらえるけど、自分で店に出向いて買えもするよ」
「はぁ~」
雨妹の説明に、静はいちいち感心している。
ド田舎だと買い物という行為がなかっただろうから、この反応も無理はない。
なにしろ、饅頭の屋台から饅頭泥棒をしようとした子どもなのだ。
あれだって恐らくは、「商品を買う」という行為の知識がなかったせいなのだろう。
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