第262話 本音

 ――う~ん、情緒不安定だなぁ。


 雨妹ユイメイジンのことが心配になった。

 静が昨日一日を平然と過ごしていたから、雨妹は彼女のことを「心の強い子どもなのだな」と思っていた。

 だが、やはりそんなことはなかった。

 緊張が解けないまま、本音を隠していただけなのだ。

 しかし、これまたドゥが静の感情に引きずられることなく、落ち着いた調子で問う。

 

「最後にこれを問おう。

 苑州に生きる者にとって、東国は敵か?」


これに、静は即答で頷くかと思いきや。


「うぅ~ん……」


あの興奮した表情を引っ込め、宙を見て唸っている。


 ――あれ、悩むところなんだ?


 不思議に思う雨妹に、静が首を捻りつつ話すには。


「今の東国は嫌いだけどさ、東国人みぃんなが酷い連中ってわけでもない。

 里で暴れる東国人の兵士は嫌な連中だけどさ、兵士じゃあなかったら気の良い奴もいるさ」


静が言うには、国境の見張りとやらのためにデカい砦があるけれど、そんなもので国境の全てを見張れるわけがない。

 抜け道を使ってお互いに行き来して、物を売ったり買ったりしているのだという。

 だから静が暮らしていた隠れ里にまで、たまに東国人の越境商人がやってくるのだそうだ。


「それに家族が東国人っていうのも多いし、東国人と上手いところ付き合っている里もある。

 だから、『東国だから敵』っていうのは、ちょっと違うっていうか、けど、うぅんと……」


なんと言えばいいのか迷っている風の静だが、雨妹には彼女の言いたい事がわかる気がした。

 辺境でも、砂漠を越えてやってくる荒くれ者だっているが、善良な旅人だっている。

 荒くれ者がやってくるのは嫌だが、善良な旅人は目新しい情報だったり、品を提供してくれる大きな娯楽なのだ。

 きっとこれは、国境の住人にはありがちな状況なのなのだろう。

 杜も、この意見に特になにか不満を言うことをしない。


「かの地は昔から東国との国境の狭間で、所属がころころと変わっている地だ。

 東国人にさほど敵対心がないのも理解できる」


杜はさすが国を動かす立場にある人で、敵憎しだけでは考えないらしい。

 自分の考えを杜や雨妹から詰られなかったことに安心したのか、静はなんとか答えを述べようとする。


「そういうのじゃあなくてさ。

 私も宇もただ、戦が続いているのが嫌なんだ。

 本当はね、里の皆の暮らしが楽になるなら、上にいる奴が崔の国だって東国だって、どっちでもいいと思う。

 腐りきった偉い連中だったら、どっちも御免だけどね!」


静がそう言って「フン!」と鼻を鳴らすが、すぐにシュンと俯く。


「けどどっちにしても、私は貧乏で苦しんでいる姿しか見たことがない。

 今の州城の連中も駄目、東国人も駄目だったら、一体どうすれば皆は楽に暮らせるんだろう……?」


静は心底困ったような顔で、そう呟いた。


「左様な身の上でありつつも、里の民の暮らしを憂うか」


そんな静の姿を見て、杜が目を細めている。


「最後に問う。

 皇帝に、なにを望みここまでやって来た?」


これには、静ははっきりと答えを述べてみせた。


「金金金、金の話しかしない奴らを、州城から追い出してほしい。

 ただ一生懸命に毎日暮らしているだけの皆を、ちゃんと守ってほしいんだ」


この静の意見に、杜がゆっくりと頷く。


「敵は東国人でも州城の連中でもなく、金の亡者というわけか。

 なるほどな、その願い、我がしかと聞き入れた」

「……!」


強い目でそう告げる杜に、雨妹はハッとした顔をしてから、礼の姿勢をとる。

 杜は、宦官としての伝言を約束したのではない、皇帝として願いを聞き入れたと言ったのだ。

 しかし、話すことに必死な静は、雨妹の様子など見えていない。


「本当!? ちゃんと皇帝陛下に伝えてね、頼むよ!

 あ、あとダジャはどうしているっ!?」

「元気にしておるぞ。

 今朝も、身体が鈍るとか言って、棒を振り回しておったわ」


杜に乞うて、ダジャの様子を聞き出している。

 ともあれ、こうして杜と静の面談が終わった。

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