第257話 もう来た
そんな百花宮の住宅事情はともかくとして。
それにしても引っ越し作業も、物置を改造することから始めた前回と違い、持ち物の移動だけという楽な作業だ。
それでもたったの一年で案外荷物が増えるもので、
部屋に
少々手狭になるものの、個人の空間が持てる。
やはり私生活を隠せるようにするのは大事だろう。
――うん、こんなものでしょう!
「こっち側を静静が使ってね!」
雨妹が部屋を衝立で分けた片方を指す。
「わかった」
頷いた静は頬を上げた。
自分用の牀と空間は、狭いとはいえやはり嬉しかったのだろう。
ところで、静はキョロキョロとするばかりで、今のところこの家について不満を言っていない。
――そういえば静静は、あの元物置部屋を見ても、たいしてなにも言わなかったなぁ。
大公の姉なのだったら、あんな部屋はそれこそ犬小屋か兎小屋みたいなものだろうに、順応性が高いのだろうか?
それとも、狭い部屋というものを案外見慣れているのかもしれない。
それから引っ越し作業を終えたのは、昼をとっくに過ぎている頃だった。
引っ越し作業を終えたら、雨妹は空腹を思い出す。
――食堂に行ったら、なにかおやつにありつけるかなぁ?
そんなことを考えつつ、設置したばかりの牀に腰かけて休憩していると。
「おぅい、邪魔するぞ」
台所の方から、男の声でそう声をかけられた。
――この声は!?
雨妹はその聞き覚えのある声にハッとして、戸からそちらを覗きに行く。
「やっぱり、杜さん!」
台所の手前の辺りに立っているのは、あの怪しい宦官、
その肩に、なにか長い包みを担いでいる。
「ほうほう、今度はここに住まうのか。
なかなか素朴で落ち着く家ではないか」
杜が興味深そうにあちらこちらを観察しているが、この男こそ普段は皇帝として、静よりも豪奢な建物を見慣れているはずなのに、この一番安い造りの家屋をどこか羨ましそうに眺めているではないか。
――この人って、たぶん根本的に貧乏性なのかもね。
雨妹は杜のことをそんな風に思う。
人には、他者よりも豪華な家に住むことを快感とする性質の人間もいるが、一方で、どんなにたくさん稼いでも、金のかかった空間に長時間滞在するのが落ち着かない人間もいる。
前世の友人でも、大金を得たらすぐに生活に反映させる人と、貧しい頃のままの暮らしを続けてお金は別のことで使う、という人とがいたものだ。
それで言うと、この杜と称している男は強制されているからこの宮城に住んでいるのであって、許されるならばとっとと田舎に引っ越しそうである。
そんな、目の前の男に対する考察はともかくとして。
「思ったよりもお早い訪れですね?」
雨妹は杜に尋ねる。
そう、雨妹としてはこの男はいつか顔を見せるだろうと予測してはいたが、その予測よりもずいぶんと早い登場であった。
そんなにも、早く静の顔を見たかったのだろうか?
問われた杜は、ニコリと笑みを浮かべた。
「なに、引っ越し祝いをやろうと思ってな。
ほれ、これがいるであろう?」
そしてそう告げた杜が、担いでいた包みを下ろして雨妹へ差し出してくる。
「なんですか?」
ずっしりと重い包みに、雨妹が首を傾げていると、杜がその中身を教えてくれた。
「敷物よ。
土間であれば、これを敷けば温かくなるであろう」
「おお!」
雨妹はこの贈り物が嬉しかった。
筵は新しくしたものの、敷物はまだ用意できていなかったのだ。
なにしろ引っ越しだって急に決まったことなので、色々な物の手配ができているはずもない。
「静静、敷物を貰ったよ、早速敷こう!」
雨妹が声をかけると、奥の部屋から静が顔を見せて、杜の顔を見た。
本人は知る由もないが、これで静が都に来た「皇帝陛下に会う」という目的を達成したことになる。
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