第256話 引っ越しです!
この日は、
朝早くに食堂へ行き、静には昨日陳に貰った胃薬があるとはいえ、それでも食が細い彼女になんとか朝食を食べてもらったら、早速引っ越し作業開始だ。
「あぁ~、名残惜しい……」
室内の荷物を片付けて箱に詰めながら、雨妹は思わずそう零す。
この元物置部屋は雨妹が作った部屋なので、愛着があった。
出世したからとはいえ、ここを出るのはなかなかに寂しい気分になってしまう。
――けど、楊おばさんが後に誰かに使ってもらうって言っているし。
出世してからの個室に入る資格まではないが、それなりの働きを収めていて、尚且つ大部屋生活に向かない人間というのはいるものらしい。
ちょうど他の大部屋の住人から苦情が出ていた人物がいたらしく、その彼女に部屋を引き渡すこととなったと聞いた。
雨妹としては、その人が大部屋を出される原因の苦情というものが気になるところだ。
雨妹の場合はほぼ梅の嫌がらせだったが、さすがに同じことを何人もに繰り返す程、梅も暇ではないだろう。
案外、いびきが煩いとか、寝言がひどいとか、そういうことなのかもしれない。
こんな風にいちいち感傷に浸る雨妹の一方で、なんの未練もあるはずがない静は、指示された荷物をさっさと箱や籠に詰めていく。
荷物をまとめるのが案外上手いのは、旅の中で手にした技術なのか、それとも元から持っていた能力なのかはわからない。
このような二人の共同作業でなんとか荷物を全部出した部屋は、改めて眺めるとやはり狭かった。
元々が部屋ではなく、建物の余剰空間を利用した物置なので、日当たりや風通しなどの条件も悪い。
けれど、雨妹にとっては安心して暮らせる我が城であった。
なので最後に丁寧に掃除してから、部屋の鍵を楊へ返す。
――次の主にも大事に使ってもらってね!
そうお祈りをしたら、引っ越す先の部屋へと移動だ。
荷物を積んだ車をひきつつ向かった先には、長屋になっている煉瓦造りの家があり、そのうちの一部屋がこれからの雨妹の住居である。
早速どんな家なのかを見てみると、まず手前には台所であろう竈のある土間がある。
煮炊きの湿気を籠らせないようにだろう、表に面した所に壁がない開けた空間となっていて、その奥には戸で仕切られた、これまた土間の居室が一部屋ある。
居室の床に筵が敷かれているが、これが使い古されて少々傷んでいるので、せっかくだから新しいのに取り替えたい。
窓は丸枠で、閉めるのに板が取り付けられている。
見るからに、この国で一般的な一番安い造りの家屋であった。
「はぁ~、普通の家って感じでいい!」
雨妹は感心の声を上げる。
特に、専用の竈があるとはすばらしい。
火事の心配があるので、いつでも自由に火が使えるというわけではないのだが、それでも自分だけの竈が便利には違いない。
雨妹が今まで暮らしていたのは大部屋のある建物の一角で、こちらは頑丈さが売りだというように壁もしっかりと作られていて、床も土間ではなかった。
それに比べるとこちらの建物は、造りが少々みすぼらしく見えるのかもしれないが、やはり自分一人の家というのはいいものだ。
早く出世して大部屋暮らしを脱したいと思う宮女たちは、ここに入ろうとがむしゃらに頑張るのだから。
ちなみにもっと出世をすると、部屋数が増えて寝室と居間とを分けることができるため、ちょっとしたお茶会が開けるようになるという。
もっともっと出世をして女官になると、皇帝陛下より屋敷を賜るのだ。
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