第248話 黄才とダジャ

そこで、志偉シエイが問うた。


「我はあまり国の事情に明るくはない。

 ダジャルファードとやらいう男は、そなたから見てどのような男であったのだ?」


これに、「そうですねぇ」と黄才ホァン・ツァイが考えるようにして答える。


「かの王子殿下は武闘派で宮城に居つかず、兵を駆って戦うことが好きな男でございましてね。

 わたくしの船が把国近海で海賊に襲われた時に、この者が指揮する討伐隊としばしば遭遇した次第でございます。

 武を好む質ながらも頭は良い男であったので、聞きかじるのみで異国の言葉を学ぶことも、そう困難ではありますまい」


なるほど、それほどの武人であったならば、リー将軍がこのダジャから「支配者側の圧」を感じても、不思議ではないというわけだ。

 そこまで情報が出揃ったところで、黄才が志偉を窺うようにして問う。


「あの者と、話をしてもよろしいですか?」


これに志偉が了承を返すと、黄才は早速、供をすぐ隣に並ばせて奥へと歩み寄る。

 あの供は、黄才の護衛でもあるのだろう、身のこなしが女官のものではない。

 そんな二人を見たダジャが、警戒するように身構えた。


『久しぶりに会ったものだ』


そして黄才が話しかけると、ダジャが目を見開き、前のめりの体勢になる。


『やはり、お前は女虎か! ずいぶんと風変わりな格好になったものだな!』


ダジャの驚愕の叫びを聞いて、黄才が「ふん」と鼻を鳴らす。


『ふん、そちらこそ。

 ずいぶんと男前が増したじゃあないか』


このように声を交わす二人の言葉を、黄徳妃の供が通訳してくる。

 しかしながら、「女虎」という呼称まで誤魔化さずに正確に告げてくるものだから、この女官らしき供の者はなかなか豪胆だ、と解あたりが思っていたりする。

 普通主の不評に繋がるようなものは、隠すだろうに。

 いや、それを不評の元だと考えないのかもしれない。


「やはり、この者は確かにダジャルファード殿下でございますよ」


黄才が志偉に向かってそう告げた。


「なんとも、正体が分かったはいいが、最も起きてはならぬことではないか」


志偉がそう零し、髭が心もとない程度にしか生えていない顎を撫でる。

 ダジャは今この場を支配しているのが志偉だと、なんとなく雰囲気で察している様子で、志偉の方をちらちらと窺っているようであった。

 しかし志偉はその視線に気づかぬフリをしている。

 このダジャと同行の娘というのは、志偉に会いに来たという話であったが、詳細がわからないうちに身分を明かすことはしないのだろう。

 そんな中、李将軍が首を捻って疑念を口にした。


「同行していた娘は、この者のことを『奴隷』だと申しましたぞ?

 しかも、確かにその者の背中に焼き印があるのを確認しております」


ジンヤンによって身体検査を施されたように、このダジャにも身体検査がなされている。

 妙なものを仕込んでいないことが確認されるのと同時に、背中に歪に爛れた焼き印の痕が見受けられた。

 その印を描きとったものをジェに見せたところ、南方で奴隷の証とされているものだろう、とのことだった。

 この崔国に奴婢という奴隷身分があるように、他国にも同様に奴隷制度はある。

 しかしその身分に国の王子が落とされるとは、一体どういう訳なのか?

 そんな一同の疑問を晴らすべく、黄才はダジャに尋ねる。


『どうしたわけで、焼き印を押されてしまったんだい?』


この問いに、ダジャが自嘲するように口元を歪めた。


『はっ、私が間抜けなことに、罠にかけられて陥れられただけのことよ』


そう話すダジャの口から語られたのは、とても他人事とは思えない他国の事情であった。

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