第245話 移動手段

雨妹ユイメイはせっかく医局へきたのだからと、ついでにジンの足の傷も診てもらうことにした。


「都に来るために山越えをして、無茶をしちゃったみたいなんですよね」


「ふむ、どうやら肉刺が潰れたり、足裏に石が刺さったりしたのを放置したんだな。

 早く対処すれば治りも早いものを」


雨妹の説明を聞いて、チェンは傷の原因をそう言い当てた。


「……」


図星だった静が、無言でフイッと横を向く。

 雨妹が朝に包帯を代えてあげて、明に貰った薬も塗っていたが、改めて傷口の洗浄と、違う薬を処方される。

 明にもらったものは火傷や切り傷、潰れた肉刺など、比較的なんにでも効く薬だが、こちらはまさに今の静の足のような状態に使う、もっと強い薬なのだそうだ。


「鎮静効果もあるから痛みが楽になるだろうが、だからって治ったわけじゃあないからな、無理をしないことだ」


「はぁい」


包帯を巻かれながらの注意に、静は素直に頷く。


「じゃあ静静ジンジンは、しばらく掃除道具と一緒に荷台だねぇ」


雨妹はそう言って静の背中をポンと叩く。

 そう、実は雨妹は静を三輪車の荷台に乗せて移動していたのだ。

 これも、静の身体が軽いためにできたことである。

 もし静が重量級の肉体の持ち主であるならば、恐らく三輪車の方が重さに耐えきれずに壊れただろう。

 だがこれに、静が嫌そうに顔をしかめた。


「アレ、目立つんだけど?」


静の言うことももっともで、ただでさえ三輪車は導入されたばかりの交通手段なので、まだ後宮内にある台数が少ないこともあり、走っていると注目される。

 そのうえ荷台に人が乗っているとなると、注目度も高まるというものだ。


「足が良くなるまでだよ」


雨妹がそう慰めると、静が頬を膨らませてむくれる。


 ――うんうん、年相応な表情だね。


 静がダジャと一緒だった時は大人びて見えていたのだが、あれはダジャが大人とはいえ、奴隷という身分であるため、自分がしっかりしなければと気を張っていたのかもしれない。

 それで言うと雨妹は、気を張る必要のない、ただ行き当たっただけの上司である。


「足を早く治したかったら、ちゃんと食べて寝ることだね。

 それが一番の薬!」


「はは、違いない」


雨妹が静のむくれ顔を指で突いていると、陳も同意した。

 その一方で、陳はここまで静を三輪車で運んできたことが気になったらしい。


「だがなるほど、三輪車はそうした使い方もできるのか。

 動けない患者を運ぶのによさそうだな」


陳がそんなことを呟く。

 医局にとって動けない状態の患者の運搬方法は、なかなかの難題であるようだ。

 なにしろ救急車のような便利なものはなく、患者を動かす手段は人がかつぐか、荷車かということになってくる。

 しかし荷車が入らない道だって多いし、そうなると人が担ぎ歩いて運ぶとなると、途中で疲れて患者を落としてしまうかもしれない。

 雨妹はそちら方面での三輪車使用を全く思いついていなかったので、「そういえば」と頷く。


「言われてみれば、そうかもしれませんね。

 後ろの荷台をもう少し改良すれば、人を寝せて運べるでしょうし」


雨妹は前世のいわゆる「ママチャリ」としてしか考えていなかったので、目から鱗がとれた思いだ。


「ふむ、早速上に申し入れを書いてみよう」


陳は思いついたら早速行動だとばかりに、宮城にお願いする文を書く準備を始める。


「えぇ~、運ばれる人って不幸じゃない? それ」


実際運ばれてきた静は、文句がありそうだったが。

 これだと救急車ならぬ、救急三輪車の導入があるかもしれない。



その後、静は胃薬がてきめんに効いたらしい。

 宿舎に戻り、夕食も無事に食べることができた。

 その際、「お腹の調子が悪いので、量を控えめに」と頼むことを覚えたらしい。


「遠慮していたら、また朝のアレを渡されるかもしれない」


この恐怖が人見知りな気質を凌駕したようだ。

 頼まれた台所番から「大丈夫かい?」と心配されたが、静自身はちゃんと静が完食できそうな量を渡され、ホッとしていた。

 部屋に戻ると、静はこれまでやったことのない労働をやって疲れたのだろう、すぐさま布団に包まり寝てしまった。

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