第241話 不自由は嫌です

「えぇ~!? だって、偉くなるって不自由じゃないですか。

 ヤンおばさんを見ていると、特にそう思いますけど」


「まあ、それも違いない話だがな」


雨妹ユイメイの正直な感想に、立彬リビンも否定しなかった。

 彼にとってもやはり、偉くなるとは不自由になるということらしい。

 こんな聞き様によっては失礼な話をあまり続けたくないのか、立彬が「ごほん!」と咳払いをした。


「それにしても、お前も忙しいことだな。

 昨日は許子シュ・ジの様子も見に行っていたのだろう? あちらはどうだったのだ?」


立彬は一応そちらの動向も気になるらしい。


「許さんは元気そうでしたよ!

 風湿病もお医者様の言いつけをしっかり守っているようでしたし、なによりヂゥさんがちゃんと見張っていますから、無理ができずに治りが早いみたいです。

 それに今はお店をもう一度やることに、一生懸命みたいです」


雨妹が語る内容に、立彬は眉を上げる。


「それはまた、目的があると人は前向きになるという良い見本だな」


こんなことを言う立彬からするとこの許の変化は、後宮にいた頃の彼女を知っている身としては想像のできない前向きさだったらしい。


「それに、ミン様以外の人と話せるっていって、家人のお婆さんがとても元気でした」


「あのお人も、なかなかに謎だな」


あの明の屋敷で一番偉いであろうあの家人の老女を思い出したのか、立彬がため息を吐く。

 こんな風に色々と話をしたが、律儀な立彬はお祝いで言葉を贈るだけではなかった。


「これは出世祝いだ」


立彬がそう言いながら、持っていた包みを差し出してくる。


豆沙包ドゥサーパオだ、まだ温かいぞ」


なんと、雨妹が喜ぶものをわかっている男ではないか。


「うわぁ、ありがとうございます!

 静静、立彬様からおやつを貰えたよ!」


輝かんばかりの表情である雨妹の一方で。


「……ありがとうございます」


ジンの表情が未だ固いのは緊張もあるだろうが、他に「え、やっと朝食を消化したところなのに、また食べるの?」という心境な可能性があるかもしれない。

 けど甘味とは、案外一口食べたら全部ペロッといってしまうものなのだ。


「せっかく貰ったし、後で一口か二口でも食べようよ。

 甘味って食べたら幸せになれるよ?」


「……うん」


お腹の空き具合と、甘味の誘惑に揺れていたようだったが、やがて頷いたので甘味の誘惑が勝ったと見える。


 ――甘味、食べたいよね!


 この静の様子を、彼女の食が細いことなど知るわけがない立彬が、不思議そうに眺めてくる。


「そちらの何静とは、人見知りの気があるのか?」


そしてそんな風に問われた。


「そのようですね」


とりあえずはそういうことにしておこうと、雨妹はその意見を肯定しておくのだった。



結果として、わざわざ豆沙包を渡すだけのためにやって来た立彬が戻っていったところで。


 雨妹は今日の掃除を終えて、この後のことについて考える。


 ――やっぱり医局に行こう。


 なんのためかというと、静に胃薬を処方して貰うためだ。

 静があんまり疲れていたらやめようかと思ったのだが、やはり食べないと体力がつかないので、そこを先に解決してあげたいのだ。


「静静、これから医局に行くよ」


「イキョク、ってなに?」


雨妹が声をかけると、静が当然な疑問を投げかけてくる。

 どうやら普通、後宮入りしてすぐの頃から、医局の存在を知っていたりはしないものらしい。

 華流ドラマ知識の一環で知っていた雨妹が変なのだ。


「医局ってお医者様がいらっしゃるところなの。

 あそこを知っておくとなにかと便利だし、今日は胃薬を貰おう。

 それに、できれば健康診断とかしてもらいたいかな」


静は昨日楊から身体を調べられはしたが、あれは性病の有無の確認だけだったので、やはり医者に一度ちゃんと調べてもらった方がいいだろう。


「……胃薬は欲しい」


静もどうやら医局に行くのに異存はないようなので、掃除道具を三輪車に載せて医局へと向かった。

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