第237話 初仕事に出発!
「回廊掃除をします!」
回廊掃除は後宮掃除の基本である。
後宮にはあちらこちらに回廊が張り巡らされているので、掃除といえば回廊なのだ。
雨妹の場合はいきなり掃除困難物件となり果てていた王美人の屋敷に一人で放り出されたのだが、本来ならこれが正しい初心者への指導場所である。
というわけで、雨妹はまず静を道具小屋に案内した。
掃除に必要な道具のアレコレについて説明しつつ、静に持たせる。
大公の姉ならば掃除道具を見たことがないかもしれないので、雑巾の用途から教えた。
「掃除って、こんなに道具を使う作業だったのか、知らなかった」
はたきと雑巾入りの桶を持たされた静が、そんな感想を述べる。
偉い人になると、掃除風景が目につかないように気を使われるため、「いつも綺麗なのが普通だ」と思っている人もいるくらいだ。
この静の発言も、偉い人としては普通だろう。
――むしろ、去年の
梅はここまで被害を広げているのに、未だに出世をしない代わりにあまり立場を落としてもいないので、実家がかなり力のある商家なのだろう。
雨妹はそんなかつてを思い返しつつ、静に掃除について語る。
「ちゃんと綺麗にしようと思ったら、使う道具が自然と増えるね。
ちゃんと綺麗にしなくてもいいかと思って箒一本で済ませる人だって、いるにはいるけどね」
雨妹はそのあたりも静にきちんと教えておく。
掃除係にも色々な宮女がいるので、「あの宮女はろくに掃除道具を持っていないではないか」という場面、つまりサボリ現場に行き当たることだってあるだろう。
しかし、手抜き掃除が絶対的に悪いわけではない。
梅のようなサボり常習犯は論外だが、どうしても短時間しか掃除ができない際には、いかに手抜きをしてきちんと掃除したっぽく見せる技も必要になるからだ。
「……ふぅん」
静は雨妹の説明がいまいちピンときていないらしく、首を捻っている。
どうやら「仕事をサボる」ということがよくわからないようだが、最初から理解できている方が問題な気がするし、そういう場面に行き当たれば嫌でも理解するはずだ。
なにはともあれ、掃除道具を持ったところで、二人で指定の回廊へと向かう。
ちなみに、静は食堂に行く時からしっかりと頭巾をしており、その静に付き合って雨妹も頭巾をしている。
頭巾頭が二人になるとそれなりに目立っており、通りざまに結構チラチラと見られていた。
「なんか、さっきからすごく見られるんだけど」
視線が気になるらしい静が、むっつりとした表情で告げる。
雨妹は頭巾以外にも布マスクをしていることもあり、「顔を隠す怪しい宮女」として見られることには慣れているが、見られ慣れていないとむず痒く感じるものだろう。
「宮城の外の庶民と違って、後宮だと頭巾をしている女の人って珍しいからねぇ」
雨妹は注目される理由を語る。
「なんで頭巾をしないの?」
静が問う。
静自身が頭巾を被ることに特に抵抗を見せなかったので、余計に不思議に思うらしい。
苑州では高貴な女性も頭巾を被っているのだろうか?
雨妹はそんなことを考えつつ、静に答える。
「だって、綺麗な身なりをして皇帝陛下とか太子殿下とかの目に留まりたいじゃない?
そうすれば一気に出世の道が開けるんだし。
そのために皆髪を綺麗に結うし、綺麗に結った髪を隠す頭巾なんて、むしろしたくないってことよ」
「そんなものなのか」
感心する静に、雨妹は「そんなものなんです」と頷く。
「私は掃除途中で髪の毛を落として床を汚す方が嫌だし、髪に埃を被りたくないから、頭巾っていいと思うんだけどね」
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