第228話 部屋問題
髪の長さという思わぬ問題が発生したのだけれども、髪なんて放っておけばいずれ伸びるのだから、そう深刻になることもないだろう。
伸びるまで、どうにかして誤魔化せばいいのだ。
「じゃあ私みたいに、普段布を被っているとかどうですかね?」
「まあ、付け毛を手配するまではそうするかね」
雨妹と楊の間でそう結論が出たところで、
「何故髪が短いのか?」と詰問されると思われたのかもしれない。
身なりが整ったところで、静の素性をどうするか? ということを話し合う。
「道が悪かったせいで、他よりもかなり遅れて連れられてきた新入り、ってところかねぇ?
顔立ちが東風なのは、曾祖父母が東の人間だったってことにしておくといい」
楊がそう語る。
曾祖父母であれば、東とはほぼ無関係な生活だろうから、そのあたりのツッコミを受けることも減るだろうし、問われても「自分は知らない土地だ」と言っておけばいいというわけだ。
身なりと素性が整えば、次に考えるのは住まいである。
「部屋はどうしますか? 大部屋で大丈夫ですかね?」
新人宮女の通常の扱いをなぞって雨妹がそう言うと、楊は「う~ん」と唸る。
「普通ならそれでいいんだろうが、止した方がいいかもねぇ」
「まあ、なにかの拍子にうっかり身の上が露見しそうではありますね」
楊の懸念に、雨妹も頷く。
静は今のところそれほど問題児のようには見えないが、それでも大公家の娘であるので、なにかの拍子にそのあたりの生まれによる軋轢ができないかと少々不安だ。
それに噂好きの宮女たちから上手く逃れるには、経験が足りないだろう。
かといって新入りの静をいきなり個室に入れるのも、それはそれで悪目立ちする。
――それ以前にそもそも、静さんって自分の世話を自分でできるのかなぁ?
このように、懸念事項はいくらでも浮かんでくる。
楊がしばし唸って考えていたが、やがて雨妹を見て言った。
「小妹、お前さんの部屋にもう一つ牀が入るかい?」
どうやら雨妹に面倒を見させようということらしい。
これに今度は雨妹が「う~ん」と唸る。
「たぶん、荷物を出さないと入らないですかねぇ?」
なにしろ他人からはさんざん「狭い」と言われている、元物置きだった部屋である。
雨妹一人で使う分には快適だが、そこを二人で使うとなると、さすがに手狭だ。
牀を二つ入れたら、他に荷物は入らないかもしれない。
そんな状態では、さすがに生活し辛いだろう。
――でも、静さんだってずっといるわけじゃあないから、ちょっとの間だけ辛抱するべき?
雨妹が悩んでいると、楊が意外な解決策を口にした。
「じゃあ小妹、お前さんは部屋替えしな。
そしてこの静と同部屋だよ」
なんと、楊からの部屋替え命令である。
「え、個室へ行けるんですか!?」
驚く雨妹なのだけれども、今だって個室住まいには変わらないものの、雨妹の今の元物置はあくまで緊急の対策での引っ越しだったので、本来の宮女の個室へ移れということのようだ。
部屋替えとはすなわち出世であり、雨妹としてもそのようなことは少なくとも二、三年は先の話かと思っていた。
驚く雨妹に、楊が告げる。
「小妹はこの一年ずいぶんと働いたからね、個室移動の資格は十分にあるさ。
それにこの静をお前さんに任せるなら、指導役ってことになるからねぇ」
指導役とは、つまり雨妹にとっての李梅の立場ということである。
――まあ、私はあの人からなにか教わったことはないんだけどね。
思えば、あれも今からおおよそ一年前の出来事であるので、なんだか感慨深い。
このように思い出に浸りかけている雨妹に、「明日に移動だよ」と言ってくる。
「じゃあ今日は、静さんは今の部屋で布団に包まっていることになりますかね」
「そうするしかないね」
静の今日のしのぎ方についてはそう話がついて、雨妹が静にも「私の部屋で一緒に寝てもらうからね」と改めて説明した後、「でも」と眉を下げる。
「私、今の部屋も気に入ってたんですけどねぇ」
せっかく部屋になったのに、あそこがまた元の物置に戻ったら、なんだか切ない気がする。
「誰か移りたいっていう娘がいたら、声をかけてみるさね」
しょんぼりする雨妹に、楊がそう声をかけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます