第217話 正体
「昔の、戦の中での話ですかね?」
「それを言うなら、陛下に助けられたなんて言う者は大勢いるぞ?
それが一体、どこのどいつのことなのか」
李将軍も困ったように言って眉を寄せるのに、「そりゃそうだ」と雨妹も同意する。
そうであるならば、「陛下に助けられた」という言い分は、皇帝に近しい人物であると詐称するのにちょうどいい話だとも言えるかもしれない。
つまり、この二人組をますます怪しむことになったということで、あの場からさっさと連れ出して正解だっただろう。
一般人に向かってこんな言い分を主張されたら、混乱の元である。
なにしろ皇帝は、宮城内ではここ数年仕事をろくにしない駄目皇帝のような評価だったそうだが、庶民の間ではずっと人気が高いという。
なので「皇帝陛下に助けられた」という語り口だけで、「さすがは我らの皇帝陛下だ!」となって酒を奢る者が続出するらしい。
そうなってしまうと、騒動が起きるのは必至である。
それにしても、老師とやらからの又聞きの話に縋って助けを求めにきたらしい静は、いったいどこから来たのだろう?
李将軍も同じように疑問に思ったのだろう。
「お前さん、何者だ?」
李将軍がこれまで敢えて聞かずにいた問いを、いよいよ発した。
「……」
すると
「私は!
「……はい?」
雨妹にはこの名乗りが、どういうことかすぐには分からなかった。
「なんと!」
一方、李将軍が驚きの声を上げる。
「苑州の者だろうとは、その容姿で想像がついたが。
まさか何家のとは」
李将軍が頭痛をこらえるように頭を抱えている。
「苑州の方って、なにか特徴があるんですか?」
雨妹が気になったので尋ねると、李将軍は説明してくれた。
「苑州は東国との国境なため、やはり長い歴史の中で血が混じりあっているようでな、あちらに似て彫りが深い顔立ちで、身体が大きい」
なるほど、静の背が高いのは遺伝というわけか。
それにしても、雨妹はツッコみたい。
――ちょっと待って、大公の双子の姉ってなに!?
州の大公とは、州を治める一族の筆頭だろう。
先だって滞在した徐州だと、徐州を治める黄家の大公といえば、皇帝と最後まで争った強者だと聞いている。
なので雨妹は、どの州でも大公とはそういう存在だとばかり思っていた。
それが、この静の双子の片割れが、大公であるという。
「苑州ってところ、大公って子どもなんですか⁉
あなた、いくつ⁉」
「こないだの春節で、十二になったね」
雨妹が吠えるように尋ねるのに、静が案外冷静に返してくる。
本人としては大事なことを言えて、スッキリしているのかもしれない。
ちなみにこの国での年齢だが、年始に年をとる数え年で計算する。
となると、前世の日本風に年齢を数えれば、静は十一歳だろう。
道理で骨格が子どもっぽいわけである。
日本でも、小学生の頃から大人のように背が高い子どもというものは、たまにいたものだ。
そして、十一歳の子どもを大公に据えているのか、苑州とやらは。
「おかしい、色々おかしいから!」
雨妹が思わずそう叫ぶ。
日本でも歴史を紐解けば、幼い子どもを為政者の席に据えることはたまにあったが、それはだいたい傀儡政治の犠牲者である。
ということは、苑州とはそういう場所であるということで。
「そんな身分のお前さんが、よく州境を越えられたな?
検問で引っ掛からなかったのか?」
李将軍が疑うようなことを言うのも、無理からぬことだ。
大公の姉がたった一人、しかも明らかに異国人だけを供にしているなんて、とてつもない異常事態だろう。
しかし、これに静が答えたことは。
「ああそれはね、検問は通らなかったから」
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