第218話 なんですと!?

検問を通らずに州境を超えるのは、地元民が生活のためにウロウロして結果越えてしまう場合はいいとしても、旅人となるとちゃんと検問を通り、正しい手順で州を跨いだことを証明してもらう必要がある。

 この検問で受け取る割り符が、宿などでその旅人の身分を保障するものになるからだ。

 割り符を持たない旅人は、犯罪者だとみなされる。

 それなのに犯罪沙汰で州境を越えたと、堂々と発言するのは大公の姉である。

 これに、リー将軍が驚愕の表情をした。


「検問を通っていない?

 ってことは、まさか……!?」


ぐわっと目を見開く李将軍に、ジンが告げる。

 

「山を越えてきた」


今、雨妹ユイメイは衝撃発言を聞いた気がした。


「山越えって、え!? あの山を!?」


雨妹も話が理解できて、再び叫んだ。

 苑州と都を遮っている山とは、雨妹が暮らしていた辺境にまで裾野が伸びているくらいに長大な山脈である。

 雨妹とてその入り口周辺をうろつく程度はしていても、本格的に山に入ろうとは思わなかった。

 なにしろ、見るからに険しく、人が登っては駄目だと思える山なのだ。

 以前に太子から地図を見せてもらった時、「こんなに長大な山脈だったのか!」と驚いたくらいだ。

 そこを、数えで十歳の子どもが越えてきたという。


「死にたいんですか!? あなたは!?」


とっくに過ぎたこととはいえ、雨妹は言わずにいられない。

 しかし静はこれに平然とした顔で返す。


「だって、ダジャが一緒だったから、行けるかなって思って。

 それに、他に道もなかったから」


豪胆なのか物知らずなだけだったのか、結果それで山を越えてしまったのか。


 ――いや、まだ話が本当なのかはわからないけどね。


 壮大な法螺話をして、なにか詐欺にかけようとしている可能性もある。

 李将軍も同じように考えているのだろう、静の話にすぐに食いつかず、見極めようとしているようだ。

 そんな中で、雨妹はふと静の足元が気になった。

 明の屋敷は土足で立ち入るようになっているため、全員靴を履いたままだ。

 しかし静の靴はボロボロだし、布を巻いて足を保護しているにしても、若干モコモコしているように思える。


 ――もし本当に、山を越えて来たのなら……。


「ちょっと、その靴を脱いで診せて」


「え? あ、ちょっと!」


雨妹は半ば強引に静の片足を手に取って、靴と巻いた布を外しにかかる。

 するとその中に納まっていた足は、豆が潰れた痕だらけで、まだ血がにじんでいる個所もあった。

 ろくに手当もしていないのだろう、膿んでいる個所もある。


「こんなになっているのを、我慢していたなんて!

 ミン様、すぐに水を張った桶をくださぁーい!」


雨妹は明がどうせこの部屋の近くで控えているだろうと予想して、部屋の外に向かってそう叫ぶ。


「うるせぇ、叫ばなくても聞こえる!」


すると案の定部屋の外から返事があり、ドスドスという足音が聞こえた。

 おそらくは水を用意しに行ったのだろう。


「お前……」


この足の状態をダジャは知らなかったらしい。

 目を見張っているダジャから、静は顔を背けている。


 ――意地を張っていたのかな?


 この足でこれまで平然と歩いていたのなら、なかなかの根性の主だと言えるが、一歩間違えば傷口が悪化して足を失うこともあり得るのだ。

 怪我への無知とは、本当に恐ろしいものだ。


「山を越えたっていうのは、案外嘘ではなさそうだな」


李将軍が静の足の状態を見て、そう呟く。

 話に真実味が出てきたということは、ややこしい事態になっているということでもある。

 これはどうしたものかと、雨妹と李将軍が目を見合わせていると。


「ほら、水だ」


その時、明が水を張った桶を持って部屋に入ってきた。

 ついでに清潔な布も持ってきたところを見ると、雨妹たちの話をちゃんと聞いていたようだ。


「ついでに、こんなものもある」


明がそう言って差し出してきた軟膏は、兵士が普段怪我をした際に使うものであるという。

 ありがたく使わせてもらうことにして、雨妹は静の足を治療することにした。

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