第182話 彼女の狙い

「なんというか、ずいぶんと打たれ弱い方なんですねぇ」


ここまでのシュの話に、雨妹ユイメイはそう感想を漏らす。

 彼女が最初にお家取り潰しの憂き目にあった時も、現状を受け入れることも反発することもせず、ただ誰かが救い出してくれることを願った。

 そして次も、徐を悪者にして己のことを憐れな悲劇の女の立ち位置に捉え、誰かの救いの手によって以前のちやほやされる生活が戻ることを期待したのだ。

 徐と己の技量の差については、気付かないふりをしたのだろう。

 都合の悪いことに対してわからないふりをするのは、どうやら彼女の悪癖であるようだ。

 雨妹の言葉に、徐も頷く。


「まさしくそうさ。

お偉い身分に生まれた女っていうのは、ああいう風に育つのかねぇ?」


 徐がやれやれといった調子でそう言うが、彼女は話しているうちにずいぶん話し方などが砕けてきている。

 色々抱え込んで我慢していたものを一部吐き出すことで、気分が楽になってきているのかもしれない。

 ともあれ、徐のそんな極論に雨妹は苦笑する。


「そうではないと思いますけど。

 私がここでお会いしたことのある高貴な方は、みなさんご立派ですよ?」


 妃嬪でも女官でも、もちろん清廉な人ばかりではなく、己の欲に忠実なあまりに道を踏み外した人もいるけれども、少なくともただ泣いているだけの他力本願な人はいなかった。

 そういう意味では悪人となってしまった人も、彼女よりは立派だろう。


「そんなものかい?」


雨妹の話を聞いても、徐は首を捻るだけだ。


 徐の身分であれば、高貴な女性たちは楽団が押し込まれている場所から紗越しに見るものであり、近くで接して会話する相手ではないのであろう。

 話を戻すとして。

 彼女は現状を徐のせいにして嘆いていただけではなかった。


『お前がいなかったら私はもっと早く出世して、とうに皇帝陛下のお目に留まっていたに違いない』


彼女はそう述べたのだ。

 ここで言う「お目に留まる」とは、単に琵琶が上手いことを褒められるのではないだろう。

 そのもっと先、皇帝の閨に呼ばれることを期待したということらしい。


「え、皇帝陛下狙いになっちゃったんですか!? 本気で!?」


思いもよらぬ展開に、雨妹は思わず声が大きくなる。

 この驚きの声に、徐は若干呆れたような表情だ。


「そうだったんだよ。

 宮妓から皇帝陛下のお目にとまってお妃様の仲間入りなんていうことは、教坊に伝わっている話によれば過去になかったこともないようだけど、まあ大それた上に無理筋な話だよ。

 それをね、何故かあの娘は『自分はできる!』って思ってしまったようなのさ」


「はぁ~、根性があるのかないのか……」


それとも、豪族の娘ならばかつて一族内で後宮入りの候補に上がったことがあったのかもしれない。

 それで人生をそちらの路線でやり直すつもりになったのだろうか?


 ――だとしても、楽観的だよねぇ……?


 雨妹は自分の「後宮ウォッチングをしてみたい!」だけで、辺境からここまで来てしまったのも大概だとは思ってはいるが、彼女の方も雨妹とどっこいどっこいのお気楽さだ。

 ちょっと意見を聞いてみようと、それまで静かに聞き役に徹していた立彬に話を振ってみる。


立彬リビン様的には、ありそうと思いますか?」


雨妹の問いに、立彬が片眉を上げた。


「ないな。

 少なくともかなり資料をさかのぼって調べないと、宮妓出の妃嬪など名前も載っていないのではないか?

 少なくとも、私は知らない」


立彬はバッサリとそう切り捨てる。


「同じくだな、宮妓出身の妃嬪は制度としてはあり得ることだろうが、現実的ではないな。

 なにしろ、なんの後ろ盾もないどころか経歴に傷があるなんて、国にとってなんら旨味がないどころか失点であり、平民出の妃嬪よりも悪い。

 もしそうなるとしたら、よほどその個人が飛びぬけて優秀な必要があるな」


続いて、男もそう自身の考えを述べた。


 ――だよねぇ……。


 立彬と男の意見には、納得感しかない。

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