第181話 困った琵琶師
琵琶の腕を見込まれて宮妓になったはずの彼女なので、
その時、彼女が言ったそうだ。
『きっと婚約者が、私を助け出しにきてくれているはずなの!』
そう泣き喚いた彼女が、その時の徐にはかつての自分と重なったそうだ。
けれど真実は、彼女の婚約者とやらはさっさと落ちぶれた家を見限り、他の家の娘と婚約をし直したそうだけれども。
そのことは宮妓になる前にとっくに伝えられているそうだが、本人が信じなかったのだ。
いや、本当は彼女にだってわかっていたのだろう。
けれども事実を心が受け入れないでいるその気持ちも、徐にも痛い程にわかる。
だから、徐は彼女に告げた。
『ここから助け出すにしても、手続きを経ていたらすぐというわけにはいかないよ。
それこそ数年がかりになってもおかしくない。
その間、お前さんはここで泣き喚くだけして過ごす気かい?』
徐は「助けは来ない」とは言わず、「時間がかかる」という風に話を持っていったのだ。
それも別に嘘というわけではない。
仮にも皇帝に所有の権利がある宮妓という身分になったからには、自由になるのに皇帝の許可がいる。
そんなものをそうそう短期間で簡単に得られるわけがないのだ。
『どうせ他にやることがないんだったら、暇つぶしに琵琶を弾いて過ごしてもいいだろう?』
この徐の言い分に彼女は反発心を抱かなかったようで、素直に琵琶の練習をするようになったという。
――まあ、あんまり周りから否定されたら、わかっていてもムキになって反発するっていうのはあるよね。
ここまでの徐と彼女の話を聞いて、
徐が「婚約者は助けに来ない」と否定しなかったおかげで、彼女は反射的に反抗せずに聞く耳を持てたのだろう。
それから無心に琵琶を弾くようになった彼女は、次第に婚約者のことを話さなくなったそうだ。
琵琶の腕もなかなかで、徐が熱心に教えたこともあり、出席した宴でしばしば独奏を任される程になった。
そうなると、彼女本来の資質が次第に表に強く出るようになってくる。
すなわち、豪族の娘という高貴な生まれな点だ。
彼女は独奏を任されるようになってしばらくしてから、世話を焼こうとする徐のことを鬱陶しそうにするようになってきたそうだ。
徐とていつまでも手取り足取りの面倒を見るつもりはなかったので、望むところではあったし、教坊側も彼女を独り立ちさせることにしたという。
彼女に経験や自信を積ませるために、徐は自らが表に出ることを控えていたらしいが、彼女が独り立ちしたことで以前のように一人の琵琶師として活躍するようになる。
すると、それまで教育係に徹して本気で琵琶を弾いていなかった徐の技量と、彼女の技量との差が明らかとなった。
徐が弾き手として本格復帰して以来、琵琶の独奏は徐の役目のようになり、彼女は背後のいち琵琶弾きになり下がる。
それまで彼女は「もうこの宮妓の琵琶弾きでは、己が一番に違いない」と思うようになっていたのが、鼻っ柱を派手に折られた形だ。
徐としては、彼女が少々浮ついていることに気付いていたので、これが最後の教育のつもりだったそうだ。
これをきっかけに彼女が上には上がいることを悟り、琵琶の練習により打ち込んでくれるといいと、徐は思っていたという。
しかし、彼女はそうはならなかった。
彼女は互いの琵琶の腕がどうこうという話ではなく、徐が大店とはいえ所詮商人の娘であるのに、豪族の
『徐よ、お前が最初から私に嫉妬をしていたから、教育係という名目で私を目立たせないように仕向けたのだろう!?』
あろうことか、彼女はそのような因縁をつけてきたのだという。
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