第160話 知り合いだった
「でも
そう、いくら太子宮といえども話が伝わるのが早くはないだろうか?
これに、立彬が自身の眉間をグリグリと揉みながら告げた。
「知らせがあったからな、そっちの男から」
「そうなんですか!?」
――いつの間に?
雨妹は目を丸くして男を見る。
彼がそのような手配をしている気配はなかったのだが、雨妹が掃除道具を片付けに行った隙に知らせをやったのだろうか?
こんな雨妹と立彬のやり取りを、「我関せず」といった様子でいた男であったが。
「そうだ、丁度良い所に来た。
茶を淹れてくれ」
男は立彬にそんなことを言う。
「隣の竈で湯は沸いているはずだ。
ここで出る茶は美味くないので、お前が淹れてくれるとマシな味になるだろう」
男の唐突な物言いに、立彬はしかめっ面になる。
「……私をなんだと思っているんだ」
立彬はそう言いながらも、しかしお茶は淹れてくれるようで、竈があるという隣の部屋へ向かう。
――立彬様ってば人が良いというか、真面目というか。
頼まれたら断れないとは、なにかと損をしそうな性格な気がする。
まあそんな性格だからこそ、宦官と近衛の二重生活みたいなことになっているのだろう。
雨妹は立彬の姿を目で追いながら、男に尋ねた。
「あの、立彬様とは知り合いだったのですか?」
この疑問に、男は「ああ、そんな名前だったか」と言ってから答える。
「まあそうだな。
ちょうど同じ頃に出仕したから、それで気安いということはある」
「同期の方でしたか」
雨妹は納得して頷く。
――
しかも、この男は
となると、立彬としての事情を知っている人は、あちらこちらにある程度いるのだろうか?
けれどそれも当然で、あのような博打のような身分を、立彬の努力だけで貫けるものではない。
周囲の協力があるからこその無茶だということであろう。
「でも、立彬様のお友達っていう人と、私初めて会いました」
「そうなのか?
ならばアレは案外寂しい奴ということだろう。可哀想に」
雨妹の言葉に、男は口の端を微かにクッと上げてそう話す。
――そうか、立彬様ってボッチだったのか。
雨妹が「ふむふむ」と考えていると。
「お前たち、なにやら失礼なことを話していただろう」
立彬がそんなことを言いながら、茶器を載せた盆を持って戻ってきた。
「いいえ、そんなことはありません。
立彬様が友達が少ない寂しい人らしいという事実を確認していたのです」
雨妹は隠すことでもないのでサラりと告げると、立彬がジロリと睨む。
「それが失礼だと言うのだ。
どうやらお前は茶を飲まんらしいな」
「要ります! 喉がカラッカラです!
立彬様は友達が少なくても素敵な人だと思います!」
雨妹は慌てて訂正するも、立彬がこめかみをひくつかせる。
「だから、その『友達が少ない』という人聞きの悪い言い方を止めろ」
そしてそんなことを言われた。
どうやら雨妹と立彬では問題点が違ったらしい。
「楽しそうだな、お前たちは」
その様子を観察していた男に、呆れ交じりにそう言われてしまった。
なにはともあれ、立彬が淹れてくれた美味しいお茶を無事に貰えた雨妹は、渇いた喉を潤す。
「それで、何故雨妹が刑部にいるのだ?」
そこで、立彬が改めて尋ねた。
これに男が上品にお茶を飲んで答える。
「情報提供者を疑うのは捜査の上で当然の事ではあるが、今はとりあえず情報の確認だ」
――あ、やっぱり一応疑われはしていたのか。
前世の刑事ドラマでも第一発見者は怪しまれるものだった気がするので、雨妹としてもそこは意外でもない。
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