第159話 取り調べ初体験

「これからとる調書は刑部の外に出ることはなく、お前の話は誰にも伝わらないと約束しよう」


最初に、男がまるで宣誓のように告げる。


 ――っていうか、早速調書取りを始めるのか。


 雨妹ユイメイは「せっかちだなぁ」と思うものの、だからといってこれからこの男と世間話をしろと言われても、話す内容に困るかもしれない。

 彼は果たして医療談義と食べ物談義に付き合ってくれるだろうか?

 そんなことを考える雨妹に、男が早速問う。


「お前の名は?」


張雨妹チャン・ユイメイです」


いつもは偉い人に名乗るのをためらう雨妹だが、ここで黙ったり嘘をついたりするのは余計ないざこざを招くので、素直に名乗る。


「……なるほど」


雨妹の名を聞いて男は一瞬眉を上げたものの、それだけだ。

 どうやら男は「張雨妹」の名前に憶えがありそうである。

 そして男の方は名乗らず、もしかしてそのあたりも機密事項なのかもしれない。


 ――潜入捜査とかのために、名前をたくさん持っていたりして。


 妄想が止まらない雨妹であったが、すぐに次に質問に移った。


「では、あの臭い物体を見つけた経緯は?」


これにも素直に答えるつもりではあるものの、気になったことを先に尋ねる。


「あの、報告された先から聞かされたのではないのですか?」


そう、臭いについて知っていたということは、太子側からの情報提供があったはずなのだ。

 ではあちらから一通りの話を聞いているはずであろう。

 この疑問に、男はジロッと睨んできたものの、答えてくれた。


「人からの伝聞ほど疑わしいものはないので、情報としての価値がない」


バッサリとそう断じた男に、今度は雨妹が「なるほど」と頷く。


 ――録音とか録画なんて技術はないから、情報伝達には伝言ゲームをするしかないんだもんねぇ。


 それはさぞかし正しい情報の入手には苦労しそうである。

 そして男は、伝言ゲームの参加者を極力減らしたいわけだ。

 納得したところで、雨妹はここでも太子や楊に話したのと同じ内容を再び繰り返す。


「……それで、危ないことになりそうだと思って、知り合いを頼りに太子宮へ行ったんです」


雨妹があの日の一連の流れを話し終える。

 知識の出所については、例のように「辺境で旅人から聞いたことがある」で押し通した。

 辺境の旅人は、博識な人が多いという事にしてほしい。

 この点に、男は「そうか」とだけ言って特に追求せず、筆を持って紙に視線を落とす。


「掃除が丁寧にされているかどうかで、臭いの道がわかると。

 アレと同じものが複数発見されているが、部屋の近くに捨てたか、はたまた遠くに捨てたか」


男は紙に筆を走らせながら、ブツブツと呟いて思考を整理しているようだ。


 ――なんか、刑事ドラマの捜査会議みたい!


 雨妹のミーハー気分がひっそりと爆発していると、廊下をバタバタと歩く足音がしたかと思ったら。


 バァン!


「雨妹!」


聞き覚えのある声と共に、部屋の戸が音を立てて開く。

 その戸の前に立っていたのは、立彬リビンである。


 ――あれ、宮城なのに立勇リーヨン様じゃなくて立彬様の方だ。


 どうやら彼は、近衛に変身してこなかったらしい。

 そんなことを暢気に考える雨妹に、立彬がつかつかと歩み寄る。


「こら雨妹、なにをやらかして刑部行きになったのだお前は!?」


そして何故だか叱られた。

 どうも雨妹が刑部に捕まったと思われているようなので、そこを修正しておく。


「立彬様、ここへ連行されるのが決まっていたのは徐さんで、私はその付き添いです」


これを聞いて立彬は「付き添い?」と呟き眉をひそめた。


「そのような理由で刑部に来たがる輩がいるのか?」


そう声を漏らしつつ心底謎であるといった様子の立彬だが、生憎とそんな輩がここにいるのである。

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