第150話 難しい花
これについて、
「似ているというか、中毒に至る仕組みはほとんど同じですね。
ただ、そのような中毒症状を起こす程のお酒となると、庶民が買う程度の酒ではなく、よほど酒精が濃いものを大量に飲む必要がありますが、ケシ汁だとほんの少量で足りるんです」
そう、この国で出回っている酒というものは、酒作りの技法がそれほど洗練されていないこともあって、ほとんどが酒精の薄い安酒ばかりだ。
酒に弱いものはこの安酒で十分に酔えるのだろうが、それでも前世で売られていた酒と比べると大きな差がある。
前世の酒を知っている雨妹としては初めて酒を口にした時、ほとんど水だと思ったものだ。
そんな安酒ではない、ちゃんと酔える酒精の強い酒とは、当然高価なものとなる。
それを浴びるように飲める人物となると、よほどの金持ちであろう。
一方で、中毒になるケシ汁の量はほんの少量で足りる。
「ケシ汁を痛み止めの飲み薬として使う分では、多幸感を生む成分は腸で吸収・分解の末にほとんどが身体の外に排出されて無害になりますが、煙の吸引だと成分が脳に直接被害を与えてしまうのです。
そのせいで効果に大きく差が出ることになるわけですね」
ここまでのケシ汁の話を聞いて、太子が疑問を口にした。
「その脳という場所への被害というのは、具体的にどういうことなんだい?」
「簡単に言うと、吸引したケシ汁の成分が脳を破壊して、思考の仕組みをケシ汁を欲しがるように作り変えてしまうのです」
雨妹の答えを聞いた三人が眉をひそめている。
「それは、穏やかではない話だね」
「破壊って、頭を強く打ったわけでもないのに?」
眉間に皺を寄せる太子の一方で、
これに、雨妹は続けて説明する。
「脳は繊細なものでして、異常な刺激を受けると簡単に壊れてしまうのです」
そして当然ながら、煙の吸引を止めるとその多幸感は消えてしまう。
あの多幸感をもう一度だけ味わいたいと願って吸引を繰り返すうちに、ケシ汁の摂取をやめられなくなる。
「こうなったらケシ汁に誘導されるように何度も吸引して、末には精神錯乱を伴う衰弱状態になって、死に至ります。
一度味わえば二度と抜け出せない、ケシ汁の吸引はそういうものだと思ってください」
「それは、怖いわね……」
末期症状を想像したのだろう、秀玲が青い顔をして呟く。
「治療の方法は?」
そして
「破壊されて変えられた脳を元に戻す方法はありません。
そうなってしまった人がまともな生活を送ろうとするならば、一生ケシ汁を欲する気持ちと戦い、まともに見えるように日常生活を演じ続けなければならない、ということになります」
素の自分を偽り続けて一生を生きることは、どれだけ困難であるだろうか。
だからこそ途中で挫折し、自信を取り戻そうとまたすぐに多幸感に頼ることになるのだ。
「……つまり、ケシ汁の煙草とはろくなものではないということだな」
「そういうことです」
立彬の出した結論に、雨妹は大きく頷く。
細かい話の理解は追々でいいとして、そこを分かってもらうことが一番大事なのだ。
「聞けば聞く程に、大変なことになったらしいね」
以上の話をなんとか理解したらしい太子が、そう呟いて大きく息を吐く。
「ケシの花とやらに、そんな危険なものを生み出す力があるとは驚きだ。
この宮の庭園にも咲いているのだろうか?」
不安そうにする太子に、「それについてですが」と雨妹は言葉を綴る。
「ケシの花の全てが、ケシ汁を生み出すわけじゃあないのです。
全く無害なケシの花もありますから」
「まあ、そうなの?」
これを聞いた秀玲がホッとした顔になる。もしかするとケシの花が好きなのかもしれない。
――ケシの花って、大輪の綺麗な花とかもあるもんね。
そうした種類は見栄えがするので、花壇を飾るのにうってつけだろう。
「ならば、害になるケシかどうかを見分ける術はあるのか?
花の色や形、大きさなど」
次いで立彬が質問するのに、雨妹は難しい顔になった。
「いいえ、そのような分かりやすい見分け方はないと聞いています。
それにケシの種は無害なので、普通に食用として出回っていますしね」
つまりケシとは、そのように取り扱いが微妙なものなのだ。
「それに花壇に咲いているだけなら無害ですし、加工するにしてもあの程度の花の数ではケシ汁を作るのに足りません。
あれには大量の花を必要としますから、広大な土地でケシの花を育てる必要がありますね」
「なら、庭園に咲いているケシの花を愛でるのに、なにも問題はないのね」
雨妹がそう述べると、秀玲は安堵のため息を吐いた。
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