第149話 臭いの正体
「あのような臭いが存在することを、初めて知ったよ」
太子がお茶を飲みながら、しみじみと告げた。
前世ではアンモニア臭を「薬臭い」と表現したのだが、この国では薬の臭いというと草の臭いであるので、ほとんどの人には知らない異様な臭いだろう。
――鼻の奥にいつまでも残る臭いって、そうそうないよね。
ともあれ、皆がお茶を飲んで人心地ついたところで、太子が
「それで雨妹、あれはなんだい?」
お茶と一緒に出された
「あれはケシ汁だと思われます。
教坊で土に埋められていたものを掃除の最中に見つけたのですが、あの独特の臭いは間違いないでしょう」
「教坊だと?」
この雨妹の言葉に反応したのは
「雨妹よ、もしや
立彬がそう言うのに、太子まで目を丸くする。
「先だって
以前立彬に話したことが太子の耳にまで上がっているのは、雨妹としても「まあそうだろうな」と思っていたので、特に驚きはしない。
「徐さんについては特になにも進んでいなくて、今回は別件なのです」
雨妹はそう前置きをして、これまでのいきさつについて語る。
「実は
けど、いきなり原因に行き当たっちゃいました」
「その原因が、あの臭いの素だと言うのかい?
ケシ汁と言っていたけれど」
太子がそう問いながら、チラリと窓の外に視線をやってからさらに尋ねる。
「はい。あの臭いの素であるケシ汁とは、ケシの花から採れる汁を加工しているもので、医術では痛み止めの用途の飲み薬として使われています。
陳先生から前に、医術用のケシ汁は他国からの輸入品だと聞いていますね」
雨妹の説明に、秀玲が「ケシの花?」と首を傾げた。
「庭園にも咲いている、あのケシの花?」
さすが
「飲み薬かい? けどあれは煙草の燃えかすのようだったけれど?」
続けて太子が不思議そうにしたのに、雨妹は語る。
「ええ、医術ではケシ汁を煙草のように吸引することはしません。
ああして煙草のように煙を吸引するのは別の用途というか、目的があるのです」
この話に、太子たちは互いに顔を見合わせている。
「薬の別の目的なんて、想像がつかないな」
「薬には食材として美味しいものもあるようですけれど、それでしょうか?」
「いえ母上、煙草ですので食材ではあり得ません」
「残念ながら、そういう平和的な用途ではないですね」
太子たちが答えを捻り出そうとするのに、雨妹は告げる。
「煙草のようにケシ汁の煙を吸引すると、とてつもない多幸感を味わえるのです」
「多幸感?」
「例えるのが難しいのですが、自分が万能になった気分になったり、すごく気持ちのいい快感が長い間続いたり、とにかく『気分爽快、最高、自分って世界一凄い!』っていう状態になるのです」
「……なるほど、それで?」
太子がわかったような、わからないような顔をしながら、とりあえず話を進めてくれというように促した。
「何故ケシ汁の飲み薬ではなく煙草なのかというと、煙草の方が飲み薬よりも脳――頭にある思考を司る臓器に強く作用して、おかしくさせた結果として、多幸感が生み出されるからです」
雨妹が自らの頭を指差しながら話すのに、これを聞いた立彬が難しい顔をして問うてくる。
「酒飲みが過ぎる者が酒を止められない理由として、『酒を飲んでいると気分が良くなる』と似たようなことを言っていたが、それとはなにか違うのか?」
――ああ、前の
雨妹は立彬の言わんとする相手を即導き出す。
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