第133話 宮妓の事情
そんな話はともかくとして。
「
「宮妓は教坊の管轄だからねぇ」
楊がそう告げたのに、雨妹は「やっぱりそうか」と納得する。
雨妹の華流ドラマ知識だと、教坊とは宮妓に歌舞を教えたり、管理したりする組織である。
ここでも宮妓はそこで統率されているようだ。
――なら、また偶然会うことを待つしかないのかぁ。
雨妹がそう考えていると。
「けれど、その宮妓とやらに心当たりがないこともないね」
楊がそんなことを言った。「そうなんですか?」
雨妹が目を丸くするのに、楊が頷きながら近くから椅子を引っ張ってきて隣に座る。
「それが、皇帝陛下がお気に入りの琵琶の弾き手がいるんだけれどね。
それがここのところ全く宴席に出なくなって、どうしたものかと噂になっているって話さ」
楊はそう語ると、卓に置いてある白湯を自分で茶器に注いで飲む。
「琵琶、ですか」
雨妹はそう呟くと「ふむ」と顎に手を当てる。
琵琶とは前世のギターに似た弦楽器である。
琵琶の弾き手であれば、あの皮の厚い指も説明がつくというものだ。
「へぇ、陛下のお気に入りってことは、なかなかの立場じゃないか。
それがゴミ捨て場に一人でいたってことかい?
おかしな話だねぇ」
一方、
これまたごもっともな指摘である。
「その噂の人は体調が前々から悪くて休みがちだったのが、とかじゃなくて、急にぱったり見なくなったんですか?」
雨妹の質問に、楊が頷く。
「そうさね。その宮妓が小妹が言う風湿病とやらだとしたら、これも納得だ。
上等の弾き手ほど、惨めな様を晒したくないだろうからねぇ」
楊がそう言って「ほう」と息を吐く。
――む~ん、そういうことかぁ。
なんとなく見てきた状況に、雨妹は「それにしても」と考える。
皇帝もお気に入りの楽師となれば、普通に考えればかなりの美貌の持ち主か、かなりの名手かであろう。
けれどこう言っては失礼というか、雨妹に言われたくはないだろうが、あの宮妓は上等な美貌の主ではない人だった。
一方で皇帝好みの地味顔とも、微妙に路線が違う。
地味顔にも種類があるのだ。
となると率直な意味でのお気に入り、すなわち琵琶の名手ということになる。
――あの人、そんなにすごい楽師なのかぁ。
前世から音楽の素養のない雨妹には、その良し悪しはさっぱりわからないのだが、その音を聞いてみたくはある。
なにせ音楽とは、前世みたいにスピーカーからいつでも流れてくるものではなく、目の前に楽師を呼ばないと聴けない貴重な経験なのだから。
そんなに風湿病が酷いのだろうか?
もし軽度ならば、治療に励んで再び琵琶をとってもらいたいものだ。
そんな会話をした、翌日。
雨妹はその日も同じ場所を掃除をしていた。
というか、しばらくここの掃除担当である。
そして、今日もこんもりと集まった落ち葉を処分するためにごみを捨てに行く。
「あ!」
雨妹は思わず声を上げる。
ごみ捨て場には、昨日と同じようにあの女がいたのだ。
ボーッと宙を見ていた彼女は、雨妹の姿に気付くと立ち上がった。
「待っていたよ、アンタをさ」
そう告げてきた女に、雨妹はきょとんとしてしまう。
「そうなんですか?」
昨日は不機嫌にさせて別れたので、雨妹とは会いたくないだろうと思っていた。
意外そうなこちらの態度に、女が微かに笑みを浮かべる。
「芋の礼を言おうと思って。
おかげで腹を満たせたよ」
この女の話に、雨妹は眉をひそめる。
――たったあれだけの焼き芋で、腹を満たせた?
言い方としては「おやつとして美味しかった」という響きではないように聞こえる。
怪訝そうにする雨妹に、女は語る。
「なにせここのところ、ロクなものを食べていなかったから」
今、とうてい聞き過ごせないことを耳にしたのだが。
「……あなたは聞くところによると、皇帝陛下お気に入りの琵琶師ではないのですか?」
この雨妹の言葉に、女は「ははっ」と乾いた笑いを響かせた。
「弾けない楽師は、ただの役立たずさ」
そう自嘲するように言う女は、どこか遠い目をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます