第七章 冬の事件
第128話 明の医者通い
***
明は医者が大嫌いで、それは幼い頃に遊んでいて足の骨を折った際に掛かった医者の、治療が痛かったのと態度が怖かったのとが、未だに心に残っているからなのだが。
その明が、なんの因果か数日おきに医者を訪ねることになろうとは。
挙句の果てに李将軍に見張られる上、皇帝直筆の文が送られてきて、「元通りの健康な身体に戻して再び相まみえる日を迎えることが、そちの役目である」と書いてある始末。
こうまでされて、医者が怖いから逃げたいだなんて言えるはずもない。
もし言ったとしたら、李将軍あたりが乗り込んできて、医院の牀にでも縛り付けていきそうだ。
であれば極力医者の顔を見ないように、いっそのこと治るまでの薬を一気に欲しいものだが、薬を出してくれる医者が数日分しか寄越さず、「必ず己で受け取りに来い」と言われてしまったのだ。
なんでも明がきちんと治療に打ち込んでいるのか、数日おきに確かめるためだという。
どうやら明は信用されていないらしい。
それもこれも、誰のせいかと言えば。
――畜生、あの小娘め!
明は心の中でそう罵倒する。
全ては李将軍と一緒にやって来たあのお節介な小娘と、その小娘が連れてきた宦官の医者のせいだ。
明が最初に小娘を見た際には、
しかししばらくして改めて見ると、明らかに慧ではないと落胆する。
確かに二人は似たような青っぽい髪であるけれども、思えば世の中にあの髪色の人間が慧一人のはずもなし。
慧にだって親兄弟がいて、そのまた親兄弟がいて、そのまた親兄弟……と、つまり大勢の青い髪の人間が世の中にはいるのだ。
その中の一人が、たまたま宮女になりに都に出てくるのはあり得ることだ。
慧とてその手合いで都に出てきたのだから。
――あんな怖い女と慧を間違うだなんて、我ながらどうかしている。あれはきっと、酒が見せた幻だ。
そう結論付ける明だが、ちなみにその小娘とはっきりとした意識で相対したのは二度切りで、二度目も酒が抜けていく際の揺り戻しで集中力が極端に減少していた。
そのせいで、小娘の実際の容姿がではどのようなものであったか? ということは、よく見ていなかったりするのだが。
そのため小娘の目が青いことまでは、気付いていなかった。
まあ、この話はともかくとして。
明にはあの宦官の医者のことにも不満がある。
現在明が薬を貰っている医者は宦官医者の師匠であり、その医者に引き合わされる際に、あの小娘と宦官医者があることないことをペラペラと吹き込んだのだ。
医者とはもっと出来た人間なのだと考えていたのに、あの小娘の悪ふざけを止めないなんて、どうかしているとしか思えない。
いや、あることないことというか、あること「たまに」あること、かもしれない。
――けれど、連中が言うほど自分は酷くない、はずだ、たぶん。
明はそう己に言い訳をしながら、行きたくなさ故に重たい足を引きずりながら、医院へ向かっていると。
「うん?」
明は道すがらに倒れている男を見つけた。
「おうぃ、どうしたぁ?」
明が声をかけるも、反応はない。しかし生きてはいるようではある。
身なりはボロボロで、長旅をしてきたのがわかる程に汚れていた。
――さて、なぁ……。
明はこの男をこのまま放っておくのもどうかと思い、どうせ向かうのだからと男を背負って医院へと向かう。
このあたりが、明のなんだかんだでお人好しな所であろう。
***
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