第六章 秋と酒と月餅と

第102話 秋です

早いもので、季節は秋に移り変わろうとしていた。

 雨妹(ユイメイ)は佳(カイ)から後宮である百花宮へと戻って来て、土産配りだとか土産話だとかで引っ張りだこだったが。

 時が過ぎれば、いつもの掃除係の生活が待っていた。


「うーん、落ち着くなぁ」


雨妹はそう零しながら、最近増えて来て嵩張るようになった落ち葉を掃き集めながら、すっかり秋模様になっている青空を見上げた。

 秋になれば中秋節――日本で言うところの中秋の名月がやって来る

 雨妹が暮らしていた辺境付近の地域では、中秋節に月餅という菓子を食べる習慣があった。

 月餅は前世でもお月見のお供として売られていた菓子で、よく知っているのは大きくても掌サイズの大きさである。けれど辺境で作っていた月餅は、まるでホールケーキのような大きさだ。

 それを里の女衆が集まって作ってから各家庭へと配り、大勢で切り分けて食べていたのだけれど。


 ――アレ、いつも私の分まで足りなかったんだよね……。


 そう、辺境の里の一番端にある雨妹宅に来るまでに、月餅はいつも無くなってしまっていたのだ。

 これがわざとなのかたまたまなのか、単身家庭だからこんな大きなものは要らないだろうと思われたのか、このあたりの判別は難しいのだが。


 ――確かに、一人しかいないのにホールケーキサイズはもったいないんだろうけどさぁ!


 そんな需要のために単身家庭用に小さな月餅を作るという考え方は、辺境の里ではなかったらしい。

 雨妹はそれがあまりに悔しいので、ここ数年は自力で月餅を作っていたが、手に入る材料不足から常に一発本番なのも相まって、未だ満足な月餅を作れていない。

 月餅作りは奥が深いのだ。

 けれど今年は、美娜(メイナ)が月餅を食べる地域であったというので、一緒に作る約束をしているのだ。

 他の地域だと団子を食べたりと、中秋節の食べ物も地域によってまちまちだったりするので、そちらをつまみ食いするのも楽しみにしていたりする。

 雨妹にとっての秋は、食欲の秋なのだった。



そんな雨妹はある日、朝からルンルン気分だった。

 なんと言っても、庭園の掃除の中でも栗の木周辺の掃除を勝ち取った幸運な日なのである。


 ――秋と言えば、栗だよね!


 雨妹は秋の味覚の中でも、栗は焼き芋との二大美味として大好きだ。

 後宮には所々に栗の木が植えられていて、この栗の木掃除では、熟した栗の確保も仕事の内だったりする。

 熟して落ちた栗を集めて、妃嬪の宮へと配るのだそうだ。

 当然、後宮内で採れる栗の木だけで、妃嬪たち全てを賄えず、外からも仕入れることになるのだが。

 外の栗よりも後宮内で採れた栗を手に入れることが、妃嬪たちの間での位に響くのだとか。

 妃嬪とは栗を食べるだけであっても、そのようなことを気にしなければならないらしい。


 ――普通に「美味しいね!」でいいじゃないね? 幸せで。


 ちなみに、収穫した栗の中で形が悪いものは弾かれ、収穫した宮女――この場合だと雨妹が貰っていいということになっているのだ。

 そんなお得な特典があるにもかかわらず、この栗の木掃除は宮女には不人気な仕事であったりする。

 だからこそ、下っ端新人の雨妹がこの仕事を得られたわけだが。

 嫌がる宮女曰く、棘が痛いから嫌だとか、実を落とすのに頭に刺さるとかいう被害が及ぶわりに、食べる実がショボいのが不満なのだという。

 雨妹に言わせれば、そんな程度で泣き言を言っている連中は、栗を一生食べるなと言いたい。

 栗の実が小さいのがなんだ、大きければ美味しいというわけでもなかろうに。

 というわけでやる気に満ち満ちている雨妹は、栗落としで棘に襲われるのだってなんのその、美味しい栗を食べるためには苦労を惜しまないのだ。


 ――栗ご飯は好きだし、饅頭に混ぜても美味しいし、あ、月餅に入れるのもいいかも!


 栗料理を考えるだけで、夢が広がるというものだ。

 そんな風にウキウキで跳ねるような足取りで栗の木へと向かう雨妹だったのだが。


「小妹(シャオメイ)、ちょいといいかい?」


回廊を通る際、楊(ヤン)が声をかけてきた。

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