第76話 らしくない都人
「当たり前なんですか?」
疑問を口にする雨妹に、「そうさぁ」と男が告げる。
「あの連中は、港を使う船に嫌がらせをするのが目的なんだからよぉ」
「ほう、嫌がらせか」
立勇がこの話に、眉をひそめる。
そんな話をしているのもつかの間で、雨妹はすぐに商船から降ろされる怪我人に埋もれることとなった。
大きな船なので、当然乗っている人も大勢いる。
なので怪我人の数も多いので、彼らを一人一人丁寧に診ていては手間がかかるし、重症者が後回しになる危険がある。
なのでまずは軽症者と重症者に分けていくことにした。
これは前世の救急外来でよくやっていた手法である。
そして重症者は、臨時の診療所のようになっている飯屋に集められ、雨妹はそこで手当てに当たることとなった。
立勇も兵の訓練で多少の手当ての心得があるというので、手伝ってくれている。
こうして雨妹が目の前の患者のことに没頭していると。
「ここか、怪我人が集められているのは」
利民の声が聞こえたので顔をあげれば、飯屋の入り口でここの女将らしき人に話しかけているところだった。
「場所を使わせてもらって、済まねぇな女将」
「いいんですよ、困った時はお互い様ですから」
軽く頭を下げる利民に、女将が笑って応じている。
「で、漁師連中がここに怪我人を手際よく手当てする、女と男の二人連れがいるって言ってたんだが」
利民の質問に、女将が「ああ!」と頷く。
「あの娘たちですね」
そう話す女将が雨妹と立勇の方を視線で指し示す。
こちらを見た利民が、「はぁ」と軽く息を吐く。
「そうじゃないかと思ったぜ。
都からの客人のくせに、奇特な奴らだ」
「おや、利民様のところのお客人だったんで?」
利民の愚痴のような言い分に、女将が驚いている。
一方の雨妹は、立勇と顔を見合わせる。
「立勇様、私たちってどうも都人らしくないみたいですね」
「私たちというか、主にお前だな」
雨妹がヒソッと言うと、立勇がそう言い返す。
まあそれは、そもそも都人ではなく辺境人なので当然なのだが。
そんなことを言いあっていると、利民がこちらに近寄って来た。
「まずは礼を言わせてくれ、手助けを感謝する」
そしてそう告げてくる。
「今回は幸いに死人が出ていないし、手当てが早く軽症で済んだ奴も多いと聞いた」
利民がそう言って頭を下げる。
先だっての傍若無人ぶりとはまた違って、雨妹は目を丸くする。
――なぁんか、印象が定まらない人だなぁ。
そんな風に感じて首を傾げる雨妹の横で、立勇が厳しい表情で口を開く。
「あの海賊らしき連中は、頻繁に現れるのですか?」
雨妹は太子からの前情報で、そんな話は聞いていない。
もしそうした物騒な状況だとわかっていたのなら、そもそも皇帝は太子の訪問を許さなかっただろうし、潘(パン)公主も佳から呼び戻されていたかもしれない。
立勇からのこの質問に、利民が顔をしかめた。
「……仕方ねぇ、こうして首を突っ込まれたからには黙っていても無意味だな。
話をするから、場所を変えるぞ」
「あ、それならもうちょっとお待ちを」
利民に移動を促されるものの、この場を途中で放り出すのは気分が良くない。
なので利民を待たせてこの飯屋にいる全員を確認し、今後のやるべきことを他の者に伝えた後、ようやく移動となった。
「利民様を待たせるなんざ、おめぇは豪気だな」
地元民にそんなことを言われたが、利民の話は待たせても内容が変わることはないだろうが。
怪我人は放置すると悪化するのである。優先度を鑑みただけのことだ。
――それに、利民様も嫌な顔をしなかったし。
そのあたりの判断に理解があるあたり、利民は上に立つ者としては有難い人物なのかもしれない。
逆に状況判断よりも身分を優先させる者は、現場としては有難くない存在だ。そして案外いるものだったりする。
それはともかくとして。
利民に連れられて行ったのは、海賊騒動が起こる前に話していた店だった。
「奥使うぜ、そして酒をくれ!」
利民が店の者にそう言って、ズカズカと奥へと進んでいく。
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