第38話 雨妹だってお年頃

 太子の兄弟皇子だと、雨妹(ユイメイ)の兄弟(仮)ということになる。

 自分に近親相姦の趣味はない。

 さらに言えば皇帝の子を皇子というのなら、皇帝の兄弟も皇子だ。

 彼らも来るかもしれないとなると、余計面倒に思えて来る。

 しかも立彬(リビン)の言い方だと、悪戯が原因で子供が出来ても、恐らく認知されないのであろう。

 それどころかとっとと尼寺に捨てられそうだ。

 母娘揃って同じ境遇に陥るなんて、絶対御免被りたい。


 ――花の宴で皇子に近付くべからず、よし覚えた!


 自身の脳に注意事項を焼き付けたところで、次に気になるのはこの簪の素性だ。


「この簪は、どなたが用意したもので?」


雨妹が尋ねると、立彬が肩を竦めて答えた。


「私だ。

 初めは太子殿下が買おうとなさっていたが、宮女に簪を贈るなぞ誤解の元だろう」


確かにそれはそうだ。太子に囲われる宮女という噂が立つのは、雨妹だって嫌である。


 ――でもこれって、立彬様が自分で選んだのかな?


 改めてまじまじと見ると、派手でなく、かといって地味でもなく、適度に可愛く品のある簪である。

 これを立彬が選んだとしたら、なかなかいい趣味をしているではないか。

 この贈り物選びの巧みさがあれば、宦官でなければさぞかしモテることだろう。

 宦官であることに疑いがあるのは、今は置いておくとして。


 さて、この簪が立彬からの貰いものであるのはわかった。

 であれば次に気にするべきことは、簪とはどう使うのか、ということだ。


「私、こういうの使ったことがないんですけど」


なにせ前世でもあまり身近ではなかった装飾品だ。

 雨妹が簪をどうすればいいのかわからず、ただブラブラ振っていると。


「……仕方ない、かしてみろ」


立彬が雨妹の手から簪を取り、頭巾を外して髪を勝手にまとめ直し、簪をさす。


「こんなものだろう、やはり赤い花で正解だったか」


飾り終えた立彬が、一歩離れて出来栄えを確認する。

 短時間でしてしまうとは、以前も思ったが髪をいじるのが上手い男だ。

 そして、やはり立彬自身で選んだ簪らしい。


 ――なんていうか、そつのない人だなぁ。


 それはともかく、完成したのなら雨妹もどうなっているのか見たくなる。


「見たいです! どこかガラスないかな?」


「ここに鏡がある」


雨妹が姿が映る場所を探そうとすると、小さな手鏡を差し出された。というか手鏡を持ち歩いているとか、用意が良いにも程がある。

 ともあれ、早速鏡を覗き込むと。


 ――あ、なんか私可愛い!


 赤い花が髪に映えて、ぐっと華やかな雰囲気になっていた。

 雨妹は様々な角度から鏡で頭部を見て、口元を緩める。

 皇子に選ばれようとお洒落を頑張る気になれなかっただけで、自分だって可愛い格好をすれば嬉しいのだ。

 鏡を見ながらクルクル回る雨妹を見て、立彬がポツリとつぶやく。


「……意外に女らしいところもあるのだな」


しかしこの言葉は、幸いというかはしゃぐ雨妹には聞こえていなかった。



そんなこともあった後。宮女たちは皆、花の宴に向けて大忙しだった。

 もちろん雨妹だって例外ではなく。

 後宮中をピカピカに磨き上げ、庭園に設置するテーブルセットを物置から出して磨き上げ。

 とにかく磨き上げ作業ばかりが待ち受けていた。

 台所番の美娜(メイナ)も、料理の作り置き作業に追われている。

 後宮には氷を利用した冷蔵庫があるが、それは容量は大きなものではない。

 なので新鮮な食材を使う料理は当日の早朝から作るのだが、保存が効くものは数日前から作っておくらしい。

 なので台所はここの所ずっと遅くまで明かりが灯っていた。


 こんな風に、準備要員の宮女がヘロヘロになって走り回った、花の宴当日。

 雨妹は部屋で、物置から拝借したちょっと歪んだ鏡を前にして戦っていた。


「うーん、難しい……」


 戦っている相手は、立彬から貰った簪だ。特別に着飾ったりせずとも、髪だけでもなんとかせねばと試行錯誤しているのだが、なかなか上手くいかない。


 ――こればっかりは慣れかなぁ。


 もう面倒だから簪は諦めようかと、雨妹が本末転倒気味な思考に陥りかけていると。


「阿妹(アメイ)、いるかい?」


そこへ、美娜が訪ねてきた。


「なんですか?

 今ちょっと取り込んでいるっていうか……」


顔だけ出して応対する雨妹の、グシャグシャになっている髪を見た美娜が、ため息を吐いた。


「心配してきてみればこれだよ。

 阿妹ったらまさか、素の顔で宴に出る気じゃないだろうね?」


「え、このままで行く気ですけど?」


化粧品なんて持っていないのでどうしようもないではないか。

 そんなことを考える雨妹に、美娜がくわっと目を見開く。


「それでいいわけないだろう!」


そして靴を脱いで部屋へ入って来ると、雨妹を鏡の前に座らせ、床に木箱を置く。箱のふたを開ければ、中に入っているのは化粧道具だ。


「ほら、じっとして!」


美娜はそう言って雨妹を押さえつけ、顔におしろいを施し出す。

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