第19話 引っ越し、引っ越し!
雨妹(ユイメイ)の物置への引っ越しが採用された翌日を、楊おばさんが引っ越しのために休みをくれた。
なので早速、物置内の荷物を大移動だ。
一人朝から張り切っている雨妹だったが、数人の宮女がクスクス笑いながら、また数人の宮女が痛ましそうに見つめている。
――好きに言っていればいいよ。
こちとら、前世で伊達に女の比率の高い職場で勤めあげていない。
美娜(メイナ)にも言ったが、ああいった手合いは相手にしないに限る。
それにこういう場合、馬鹿にする方も同情する方も、遠巻きに観察しているという点では大して変わらない。
馬鹿にする奴の心理は言わずもがなだが、同情する方だって、自分より可哀想な者を見て安堵している面もあるのだから。
本当の味方というのは、外面からはわからないものなのだ。
――それに非番ならともかく、野次馬していないでさっさと仕事しなさいよね。
まあ、外野は放っておくとして。
部屋の中が空っぽになれば、次は掃除だ。
埃やクモの巣を取り除き、床も壁も雑巾がけをする。
そうやって綺麗になった部屋に、床几(ショウギ)と布団を入れれば完成だ。
他にも部屋の床に敷くための敷物として、物置にあった古いものを叩いて埃をとり、掃除している間に天日干しした。
敷物の上にクッションのような座具を置けば、ぐっと部屋っぽくなる。
ちなみにこの座具は雨妹の手作りだ。
実は昨日、「物置が少しでも快適になるように」と言って、人目を忍んでこっそり広い綺麗な布を差し入れてくれた宮女がいたのだ。
彼女は大部屋で寝込んでいるところを、雨妹が水を差しいれてやった宮女である。
――いいことをすると、自分に巡って来るものよね。
これぞまさしく、情けは人のためならずだ。
雨妹は昨日のうちに楊から裁縫道具を借りて、その布を使って仕事終わりにチクチクと縫った。
適度な大きさに裁断した布を袋状にして、それにボロ布を細かく裂いて袋の中に詰めれば座具の出来上がりだ。
この布は余ったものを壁にかけて、室内の雰囲気を明るくするのにも役立っている。
ついでにこのあたりの地方は基本的に室内が土足なので、戸のすぐ前にも小さな敷物を敷き、そこを玄関と見立てて靴を脱ぐようにした。
元日本人としては、部屋の中では靴を脱ぎたいのである。
ともあれ雨妹は早速靴を脱いで敷物に寝転がり、座具を抱きしめる。
このゴロゴロして寛ぐのがなんとも贅沢だ。
「うふふふ、個室だ個室!」
まさかこれほど早く個室を手に入れるとは、実に運がいい。
前世でも学校の合宿程度でしか大部屋での集団生活なんてしたことがなかったので、個人的時間を持てない暮らしが地味にストレスだったのだ。
そうやって雨妹が幸せのため息をついていると。
「阿妹(アメイ)、終わったのかい?」
戸を叩く音と同時に美娜(メイナ)の声がした。
どうやら雨妹の様子を見に来てくれたらしい。
「終わりましたよ、どうぞ入ってください」
雨妹がそう声をかけると、開いた戸の前にお盆を持った美娜がいた。
そして見違えるような元物置を見て、目を丸くする。
「あんた、物置をずいぶんと改造したねぇ」
「あ、そこの敷物で靴を脱いでくださいね」
室内に入って来る美娜に雨妹がそう告げると、素直に靴を脱いで戸の前の敷物の上に置いた。
「阿妹、南の方の出だっけ?
南の方から来た宮女が、こんな風にしていたよ」
どうやら南の暖かい地方では屋内で靴を脱ぐらしい。
「違いますけど、こういうのに憧れていたんです」
美娜の指摘に、雨妹はそう返すと笑って座具を抱きしめた。
偉い人のお屋敷では、靴を脱ぐ代わりに屋内で靴に覆いを被せるのだが、覆いの付け外しをちゃんとしなければ汚れる。
結局、靴を玄関で脱ぐのが一番なのだ。
「けれど、確かにこういうのはいいね。
床が汚れないから好きに寛げる。
私も今度やってみようかな」
そう話しながら雨妹の前に腰を下ろす美娜が、お盆に載っていた包みを差し出す。
開けると饅頭が入っていた。
「ずっとドタバタやってて腹が減っただろう。
まだ温かいから食べな」
「やった、いただきます!」
饅頭の甘さが、引っ越しで疲れた身体に染み入るようだ。
美娜はお茶まで持ってきてくれており、有り難く頂く。
「……ふっふっふ、これで夜に堂々とおやつが食べられます」
雨妹がニヤリと笑みを浮かべると、美娜が苦笑する。
「阿妹が物置行きだって知って梅(メイ)の奴が喜んでいたけど、この部屋を見れば逆に悔しがるだろうさ」
美娜の言葉に、雨妹は手巾を噛んで悔しがる梅の姿を想像する。
似合い過ぎる想像図に、雨妹は忍び笑いをした。
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