*ハントダウン

「どう思う」

 警察署を出たパーシヴァルは、歩みを進めながらラクベスに尋ねる。

 資料が入った箱の中には、夢木が言っていた監視カメラの映像が入ったUSBメモリもあったが、ラクベスはそれを手にしなかった。

 夢木の言葉で大体の想像は出来たことと、手にしたシャツからにじみ出た記憶が石動の持つ力がどういったものなのかを充分に理解させてくれたからだ。

「かなりの逸材だと思います」

「やっぱりあれは、そういうことなのか」

 それにラクベスは無言で頷き、表情を険しくした。

「行くか」

「はい」

 二人は改めて裁縫屋に向かった。



 ──遠目に見る店は前回、訪れたときと明らかに違っていた。この世のものではない黒いもやが店から溢れている。

「雰囲気わりいなあ」

 そう言ったパーシヴァルにラクベスは口角を緩める。

 見えない人間からすれば、店の印象はそんなところだろう。しかれど、彼らにしてみれば呼吸さえ難しくさせるほどの圧迫感が伝わってくる。

 扉を開くと、いっそう重くのしかかる黒いエネルギーが体にまとわりつき、腕を動かすのも若干の辛さを感じる。

「いらっしゃい」

 さして明るくもない声が店の奥から聞こえ、その男は陰気な顔つきで二人を見やった。以前と同じく薄暗い店内に、今日は薄気味悪い店主が座っている。

 その目に生気はなく、それでいて送られる視線にはどこかしら鈍い棘を含んでいた。

 ラクベスは躊躇いもなく奥に進んで男を見下ろすと、カウンターの側にあるストラップを手に取る。

「これをいただけますか」

「八百円です」

 小銭を差し出し、受け取った男はラクベスの背中に「ありがとうございます」と低くつぶやいた。

「──っはあ」

 店を出たパーシヴァルが苦しさから解放されたように息を吐き出す。

 ラクベスは冷や汗を拭う彼を一瞥し、店の扉をちらりと見やって再びパーシーに向き直る。

「どうです」

「ああ。あいつ、俺を見ていた」

 あの夜のことをしっかりと認識している。

「やはり、厳しい対処になりますね」

 これまでのことが、まだ無意識での行動であったならと二人は憎らしげに目を眇めた。

 ラクベスは手の中のストラップを見下ろし、苦々しい表情を浮かべる。男と目が合ったとき、事態は想像していたものよりも遙かに深刻であると痛感した。

「危険なレベルに達しています」

 早く止めなくては、取り返しのつかないことになる。

 このままでは、彼は人ではいられなくなる。

 人ではなくなることに、本人がどう思っているかは解らない。さておき、彼がまき散らす不幸に関係のない人々が飲み込まれているのだ。

 それを放置することは出来ない。

「怖いか?」

「いいえ」

「若いのに、度胸座ってるねえ」

 サポートが俺一人って不安にならないのかね普通。

「本来なら、お前さんの位置だともう一人、サポートは必要なんだぜ」

 いくらあんたが優秀だとしてもだ。いや、俺が優秀だから任されたっていうのもあるけどさ。

「そうですか」

「クールだねえ」

 常に冷静な判断を取れるかを組織は計っているんだろうが、俺の報告によっちゃあ、こいつはすぐにでも昇格するだろう。

 これは、そのための試験でもある。

 パートナーを組むにあたり、こいつは俺について事前によく調べていた。日本に向かう数日前には挨拶にも来て、俺は随分と好印象を持った。

 仕事をスムーズにこなすために必要なことだが、そういう部分も高評価につながっている。

「今夜、やるか」

「はい」

 ──二人は深夜の行動を考慮してホテルに戻って早々、着替えることもなく照明を落としベッドに横たわる。

 外はまだ多くの人が活動している時間だ。車の走る音は途切れることなく、ラクベスたちの耳に低く伝わってくる。

 どういう状況にあっても眠れる訓練を受けている二人にとって、この程度は静かな方である。

 そうして、薄暗い部屋に秒針の進む音だけが響く。いつでも起きられるようにと、二人は深い眠りにはつかない。



 午前二時のあたりにさしかかった頃──

「んあ?」

 ふと目を覚ましたパーシヴァルは、覗き込む黒い影にぎょっとした。

「なんだ!?」

 慌てて飛び起きると、その影は窓からさっと逃げていく。部屋に残された、まとわりつく黒い意識は間違いなく石動だ。

「あいつ!」

 二人はバッグを手にし、取り急ぎ影を追った。

「すまん」

 まさか、あっちから来るとは思わず結界を張っていなかった。何かされる前に気付いて良かったが、これは失態だ。

「彼から姿を見せたのです。それで良しとしましょう」

 今は眼前の目的を第一に行動あるのみ。



 ──尾を引くように流れる影の痕跡は、男の住む町に続いている。残り香が消える前に追い詰めなければならない。

 ここで見失えば、男はこの町から移動する可能性がある。被害は拡がり、いっそう捕まえる事が困難になる。

 パーシヴァルとラクベスは、走りながら小型のヘッドセットを耳に装着した。

「公園に誘導します」

「頼む!」

 二手に分かれて町の中を駆け抜ける。

 この数日でほぼ全ての道は覚えた。移動する男の軌道を見つつ次にどう動くのかを予測し、二人はわざと靴音を響かせる。

<公園から西に二十>

 ラクベスが伝えると、パーシヴァルは「東に到着した」と返した。少し荒くなった息を整えつつ、バッグから白い布を取り出して肩に羽織りラクベスからの合図を待つ。

「逃がしてくれるなよ」

 やきもきしていると、一つの駆ける足音が徐々に大きくなり二つの影を視界に捉えた。

Hunt downハントダウン

roger that了解!」

 待っていた言葉に両手を前に突き出し、口の中でひと言ふた言、何かを唱えると公園を囲うように青白い閃光が一瞬にして走った。

 パーシヴァルの張った結界で、町と公園は完全に遮断される。

「お前の出番だ」

 薄闇のなかに浮かぶ二つの影を、パーシヴァルは険しい表情で見据えた。

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