*紐解き作業

 神社を出た二人は、目的もなく足を進める。ただ歩いている訳ではなく、一帯の状況や環境、地形を覚えるためでもある。

 彼らの仕事に失敗は許されない。故に、そのための努力を惜しむことはない。

 とはいえ、住宅街に不釣り合いな二人に住民からいぶかしげな視線を送られてパーシヴァルはここでも居心地の悪さに苦笑いを浮かべる。

「あなたが視た影──石動 春仁いするぎ はるひとですが」

「おう。何か解ったか」

「十数年ほど前に、妻と幼い息子を亡くしています」

「そりゃあ、また」

「強盗殺人だそうです」

 彼が少しのあいだ、家を離れているときにそれは起こった。

「どちらも刺殺とのことですが。四歳になる息子は腹部を激しく蹴られ、内臓が破裂していたと」

 それを聞いたパーシヴァルは目を眇め唇を引き結んだ。

「胸くそ悪い」

 そのことが石動という男を闇に引きずり込んだのだとすれば、そう簡単に終わる仕事じゃない。

「家は」

「近くです」

 二人はさっそく、彼が営む店舗兼自宅に向かった。



 住宅街にぽつんと構えられた店は遠慮がちに「裁縫屋」と書かれた看板が設置され、ガラス張りの扉から店内を伺うことが出来た。

 パーシヴァルが扉のガラス越しに中を覗くとそこは薄暗く、様子を確認するのは難しい。

 ──ゆっくりと扉を開き、店内に足を踏み入れる。さほど大きいとはいえない店舗には、手作りの商品が所狭しと並べられていた。

「なるほど。裁縫屋ね」

 パーシヴァルは並べられた商品を見回して納得した。

 丁寧にたたんで揃えられたワイシャツ、ハンガーにつり下げられたスカートとパンツ。女性用の服や布製のバッグや子供の玩具。ほつれた服などの修繕も受けているらしい。

 奥にはカウンターがあり、いるはずの店主の姿は見えない。ラクベスはふと、貝の形のストラップに目が留まる。

 丹後ちりめんだろうか。着物を作るときに出来る切れ端を使用していると説明書きがされていた。

 人気の商品なのだろう。他の商品に比べると品数が多めに感じられる。鈴のついた小さなストラップに手を近づけるも、それに触れることなく手を戻す。

 しばらく待ったが人がいる気配はなく、二人は無言で店から出た。

「留守か」

「またにしましょう」

 明日にでもしようと再び町の中を探索する。

 このとき、二人は何も言わなかったが店内に充満していた息苦しいほどの重たい空気に、元凶はまさしくここだと確信めいたものがあった。



 ──ラクベスはパーシヴァルと別れて一人、住宅街から少し離れた地域を歩いていた。個人経営だろうカフェを見つけ、古びたドアに手を掛ける。

 カウベルで作られたドアベルが低い音を鳴らし、店主に入店を伝える。

 それは、店主にとっても常連にとっても予想外の出来事だったのか、彼の容姿を見て戸惑いの表情を浮かべた。

「いらっしゃいませ」

 空いている席に腰を落とすラクベスに、店主の男性はいつも通りの対応で水の入ったグラスとメニューをテーブルに乗せる。

「ありがとう」

 その声に、敬遠気味だった店主は安心したのか小さな笑みを見せてカウンターに戻っていく。

 七十代と思われる店主が一人で経営しているようで、ウエイトレスなどの姿は見受けられない。

 一人で切り盛りできる数の客を相手に半ば、趣味ともいえるカフェの料理は数えるほどしかない。

 五月蠅うるさくない程度に流れている音楽はラジオのものだろう。年代が統一された音楽を流すラジオ局があると聞いた事がある。

 ラクベスには日本どころか世界の音楽事情すらわからないが、耳障りな音量でもないため新鮮な気持ちで聞くことが出来た。

 店主を呼んでアイスコーヒーを頼みスマートフォンを手にする。落ち着き払ったラクベスとは対照的に、常連たちは見慣れない客の来店に視線が定まらない。

 そうして、運ばれてきたアイスコーヒーは紙製のコースターに乗せられる。

 銅製のカップは入れられている氷の冷たさを素早く全体に伝え、流れ落ちる結露がコースターに染みこんでいく。

 イギリス人であるラクベスには紅茶だろうと思われるが、彼はコーヒーも好んで飲む。薫りを楽しんでから少量を口に含み、予想していたよりも美味しいと目を細める。

 常連客は年配の女性が多く、上品に振る舞うラクベスの表情に見惚れていた。

 しかしふと、

「すいません」

 近くの席にいる女性に声を掛けた。

「あら、なあに?」

 女性は驚きつつも冷静な振りをする。

「先ほど、歩いていると裁縫屋という名の店を見かけたのですが。店主はおられないようでした」

「ああ、あそこね。ここのところ留守が多いわよ」

 食べていたトーストを皿に戻して答える。

「そうですか」

「ここだけの話だけどね。奥さんと子どもを亡くしてから、ちょっとおかしくなっちゃったのよ」

 話しかけられた事が嬉しいのか、話し相手が出来たことに喜んでいるのか、女性の口は止まらない。

「ずいぶん前に強盗に襲われて亡くしちゃったんだけどねえ。それから何年もふさぎ込んでいたんだけど」

 最愛の家族を亡くしたのだから当然だろう。同じ立場なら、自分もどうなるかは解らない。

「でもね、一年くらい前かしら。なんだか嬉しそうにしていたのよ。警察が来たあとだったかしら」

「警察の方がですか」

「しばらくは少し明るくなったのにねえ。それから段々と暗くなって、目つきもなんだか怖くて。今では誰も声を掛けないし、挨拶もないわ」

 だから買うのは無理よ~と笑ってオレンジジュースのグラスを掴む。

「一時期は幸せのストラップとかで繁盛していたらしいわよ。でも、ああなっちゃもうだめよね」

 思い出したようにストローから口を離し付け加えた。

「そうですか」

 ラクベスは聞きたいことが聞けたのか、コーヒーを飲み干して立ち上がる。

「ありがとうございます」

「あら、いいの?」

「このご縁の記念に」

 自分と女性の伝票を持ちレジに向かった。

 店を出たラクベスは、スマートフォンをいじるとパーシヴァルに連絡を取る。

「ラクベスです。新しい情報が幾つか。警察署に──ええ」

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