ビケイ男子

小宮雪末

第1話 人は皆、美しい


 ビケイと聞いて、世の一般人は何を思い浮かべるだろうか。

 やっぱ、人気急上昇中のかっこいーお兄さんだとか、若い頃の美輪さんだとか、そういう人を挙げるんだろう。


「きたきた、ビケイ男子!」


 だが、僕の知ってるビケイは、教室や廊下の端々から聞こえるヒソヒソ声を、黄色くなんてしない。

 常に流れるような視線を繰り出す切れ長の目、筋の通った鼻、整った口、なっがい手足に、すらーっとした身のこなしも、多分なにかの間違い。

 僕の知ってるビケイは……


「河田あああああッ!! 病んでますかああああああああッ!?」


 いつも、こういう感じだ。


 僕は河田。あいつは澤田。

 こいつの顔がいいのは昔からだし、小学生の時からずっと学校が一緒だから、互いに心根も知れてる者同士だと思う。

 だから知ってる。

 最初にあいつが「ビケイ」なんてあだ名を付けられた経緯も。


「で? なんでビケイ?」


 例によって澤田は、ホームルームがもうすぐ始まるってのに、一向に席に着こうとはせず、クラスメイトに対し「よお、病んでるか?」と聞いて回っている。

 それを一瞥して、僕の前の席にいる高木が、いつも通りののんびりとした口調で聞いてきた。


「なんでって……」

「見た目じゃないんでしょ? なんでビケイ? 中身?」

「いやいやいや中身はアイツ、ビケイどころじゃないっていうか……」

「は?」

「アイツのビケイは、『微妙に傾いてる』のビケイだから」

「……え。」


 忘れもしない、小学生時代。

 一年生の時にひとりで下校していると、何処からともなくあいつは飛び出してきた。


 僕の手には傘がひとつ。

 学校の敷地の周りに張り巡らされてるフェンスとかに、傘を宛てがって歩き、カンカン言わせていたところでのアイツの通せん坊。

 アイツはじっと僕の傘を凝視すると、こう問いかけた。


「きみは、愛すべき馬鹿ですか?」

「えっ……」


 言葉なんて出ない。

 アイツと僕はその日初対面。

 クラスだって別のはずだったし、話したことなんて無かった。

 だけど、アイツはしみじみと、


「かさ、落ちてた大きな木のぼう、きゅうしょくぶくろ……。愛すべき馬鹿というひとは、みなそれらを無意味にふり回したり、引きずり、そうしてみなの注目をあつめて愛されます。いわば、伝説のかまってちゃんです。ぼくはいま、愛すべき馬鹿をさがしてます。きみはそんなかまってちゃんな愛すべき馬鹿ですか?」


 と、更に問を重ねてきた。


「で? どう答えたの?」


 なにやら、女子三人組を教室の隅に追い込んで質問攻めをしてるらしい澤田の姿を見ていると、高木が自分の椅子に頬杖をついて先を促す。

 僕は肩をすくめた。


「別に。なんかすごく目ぇキラキラして聞きまくってきたから『僕じゃないと思う』って言ってかわした。それからよく僕んクラスに来るようになって、いつの間にか――」

「河田ー、ねえいつ病むー?」

「はいはい、今今。なんなら放課後スタバでなー」

「……こう、なったと?」


 女子に邪見にされ、避難してきた澤田が、ガアン!とぶつかる様にして、僕の隣の席に座ってきたから、受け流す。

 それを高木が、あんまりにも唖然とした顔で見て、確認してきたから、僕はこっくり頷いた。


「女子っていつの時も凄いもので、そうなった頃には既に、コイツのこと微傾男子って呼んでた」

「うん、微傾じゃないね。傾斜思っきりキツめだね」

「うん。そこが不満といえば不満。『うちのばあちゃん家みたい』ってよく言われてたし」


 傍で聞いて、ならどうして微妙と名づけたのかと、子供心に疑問に思ったが、もうしょうがない。


「おい、ビケイ澤田!! あたしのプリンに勝手に出席番号書いてんじゃねえよ!!」

「失礼なッ! 学年クラスもきちんと書いてあるだろうがッ!!」


 凄まじい剣幕で女子が怒鳴る中、ガタッと立ち上がってつかつか詰め寄っていった澤田の背中に、自然と僕の口からため息が漏れる。

 高木に至っては息を呑んで口元を抑えてた。


「進化してる……」

「うん」


 もう何も言うまい。

 驚愕する高木の前でも、今日も澤田は元気だ。

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