第63話 いざ、出陣!

 何度起こしても兄が全く起きない。


「お兄様っ!起きて下さい!」


「・・・お兄様じゃないだろ?

 ローズ?」


 寝たフリか。

 溜め息をついた私。


「ヴィダル様。着きましたよ?」


 馬車の中で腰砕けで悶絶する兄。


「ヴィダル様?」


「・・・俺、多分今日心臓の病で死ぬかも。」


 はいはい。引導は渡してあげますから、無事に天国に行けるといいですね。

 兄をほっといて御者の手を借り、馬車を降りた。次々に馬車が到着して着飾った人達が城に吸い込まれていく。

 やっと兄が馬車を降りてきた。

 降りた瞬間にキリッと顔と姿勢が引き締まる。はい、素敵です。


「参りますか。ローズ。」


 左腕を差し出す兄。

 ああ。この腕に掴まるのですね?

 横を通り過ぎたご婦人に倣って、そっと兄の腕に寄り添ってみた。急にヨロヨロとふらつく兄の体を支える。


「・・・もう帰らない?」


「私は構いませんが?」


 お菓子を目前にしてかぁ。

 ホントに具合い悪いのかな?この人。


「あれ?ヴィダル?

 何こんなとこでイチャついてんの?」


 聞き覚えのある声。


「セイヴァル。」


 再びシャキッとなる兄。

 黒ずくめ黒覆面の騎士姿のセイヴァル様だ。

 こちらをじっと見ているセイヴァル様と目が合う。


「うわっ!すっげぇ美人連れてるな!」


「紹介するよ。

 婚約者のローズだ。」


「ローズです。」


 ペコリと頭を下げる。心なしか裏声になる私。どうやら、私だとはバレていないようだ。


「婚約者!!?

 いたの?」


「まぁ。親同士が決めたんだけど。」


「ふ~ん。」


 セイヴァル様が執拗にジロジロ見てくるので思わず、兄の後ろに隠れた。バレるから、あんまり見ないで~!

 兄も私を隠すようにスッと前に出る。


「お前は?晩餐会に出る格好じゃないよな?」


「そんな退屈なのに出るかよ。

 警護だよ。警護。

 あ、キャルを探してるんだけど、見なかった?」


「いや?今、来たとこだし。」


「そっか。邪魔したな。」


 ガサガサと植え込みに入っていくセイヴァル様。草の根作戦かしら。

 セイヴァル様を見送った後、はぁぁぁ~~~っと、息をつく私と兄。


「心臓が持ちません。」


「こういう時は堂々としてた方が目立たないはずだ。」


「そうですね。」


 どこかの貴族夫妻の後に付いて、城に向かう階段を上がった。隣を見るといつも通りの兄に戻っている。城の2階の晩餐会の会場では既に大勢の貴族達が食事の並んだ円卓に着席していて、各々顔見知りの相手と談笑していた。母と姉達の姿を探したけど、人の多さにとてもじゃないが、見つけられない。

 兄の姿を見つけた女性達が色めき出すのがわかった。この人が目立たない訳はなかったのだ。


「あら、ヴィダル様だわっ。」


「今夜も素敵♡♡♡」


「お隣はどなたかしら?」


「新しいお相手?見ない方ですわね?」


 視線が刺さる・・・。

 いやいや、堂々としていなければ!


 と、言いながらも隅のテーブルに座るよう兄をドンドン肘で押した。隅のテーブルには優しそうな老夫婦がいるだけだったので、軽くご夫妻に会釈をして席に着く。目の前のお料理に目が釘付けになっていたら、思わずお腹の虫がぐうう~っと鳴る。よく考えたら起きてからバタバタしてて、お菓子やケーキみたいな物しか口にしていない。

 クスクスと隣にいた白髪の似合う上品なご婦人が、堪えきれずに笑った。


「もうすぐ始まるわ。」


「そうですね。」


 グラスに赤いワインが注がれていく。

 多分、会場の上座の方にいるのが皇族の方達なのだろうけど、キラキラしすぎて良く見えない。


「あなたお名前は?」


 長く続いている主賓達のご挨拶に飽きてきた頃、隣のご婦人に話しかけられた。


「ローズです。」


「素敵なお名前ね。私、薔薇が一番好きよ♡

 ローズはおいくつくらいかしら?」


「えーと、21です。」


「まぁ~。うちの孫と同じくらいだわ。」


 目をキラキラさせるご婦人。面差しが誰かに似ている。誰だっけ?


「うちの孫はね、本当に好きな人と結婚できなかったのよ・・・。」


「そうなんですね・・・?」


「あなたは本当に好きな方と結ばれるといいわね。」


 微笑んだ儚げで上品な美しい顔。


「あっ!」


「「乾杯!!!」」


 思わず口から出てしまった声を両手で押さえる。丁度、乾杯の音頭と被ったので助かった。


「失礼致しました。前大皇妃様。」


 彼女は私の言葉にしーっと口許に人差指を当てた。誰かに似ていると思ったら、ラグドール国第一皇女アリア様に似てるんだ。兄もご夫妻の正体に気づいたようで再度頭を下げた。


「さぁ、お料理をいただきましょう。

 コルセットはきつい?」


「いえ、大丈夫です。」


 前大皇ご夫妻を前にして、緊張して食べられないかと思ったら、思いの外たくさん食べてしまった。スィーツまだかな~?


「ローズ。そろそろ大皇様にご挨拶に行こう。」


 いつの間にか上座に向かって長い行列ができている。差し出された兄の手を取って、椅子から立ち上がった。


「素敵なカップルね~♡

 本当にお似合いだこと。ねっ?アナタ?」


 目を細めながらこちらを見て前大皇妃様が言った。その隣で前大皇様もうんうんと頷いている。

 兄妹とは正直に言えなくなってしまった。

 ご夫妻に会釈をして列に並んだ。

 あ、忘れてた。兄の左腕に手を絡ませる。


「お腹いっぱいです。」


「食べ過ぎ。」


「スィーツは別腹ですよ?」


「まだ食べんの?」


 こちらを見る兄の顔が既に酔っ払っている。水でも飲んでるのかって位のピッチの速さだった。


「おに・・・ヴィダル様は飲み過ぎです。」


「・・・ちょっと待って。可愛すぎて死ぬ。」


 こんな状態で挨拶なんかできんのかな。この人。


「あっらぁ~?

 ヴィダルお兄様!ローズ♡♡!!」


 兄より更に酔っ払った姉達が現れた。

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