第13話 そういうものなのでしょうか

「ロザリオ。

 落ち着いて。ほら、礼拝の時間よ。

 シュナンちゃんの事、とりあえず保留にしとくから。」


「うん。シュナンのこと宜しくね。

 昼休憩に様子見に来られるといいんだけど。」


 洗面所の冷たい水で顔を洗い、気を引き締めた。ビン底眼鏡のお陰でパンパンに腫れた瞼は見えなくなったので、意外に使える。


 礼拝堂で当番神官の聖書の朗読を聞いたり、讃美歌を歌ったりとたっぷり1時間。憂いを帯びた表情のクリシュナ神様に無心でお祈りを捧げた。

 本当に美しすぎてオーラ半端なくてまた涙が出てきちゃう~。


 うん。

 何かもう、色々大丈夫な気がしてきた。

 深呼吸をしてビン底眼鏡をあげ、先輩神官達の列に続いて礼拝堂を出た。


 その後、訓練所に移動しての15分程の朝礼を終えて、いよいよ本格的なシンガプーラ神殿研修が始まった。

 1週間の研修の内、1日目~3日目が社務所での内勤で神殿管轄の地理や情勢を一通り完璧に記憶しながら事務的処理をこなす。1日休んで5日目~7日目管轄内の見廻りと諜報活動。これが通例の研修となる。

 5班に分かれてのシフト制で、私は指南係であるアイレン先輩の班に入り1週間を共にするのだ。


 社務所には内勤の2班がそれぞれの持ち場について、お茶を飲んだり業務前の準備をしたりしている。

 リザ先輩も内勤だったので、ホッとした。

 どうも男性だけのムサ苦しい空気は苦手。


 机を並べた私とアイレン先輩は神殿管轄の地図を広げて、地理のお勉強。

 ラグドール皇国の9つの神殿は、皇都にあるラグドール神殿を中心に8神殿が北、北東、東、東南、南、南西、西、北西の8方位の国境付近に皇都を守護するように位置している。

 シンガプーラ神殿は皇都の西側に位置していて、山が多くほぼ森林に囲まれている。ラグドール皇国の中では治安も良く、農業と酪農が盛んだ。


 国境も連なる高い山々に囲まれているし、この辺りを統治する貴族も温和で民衆も穏やかな気質。領内からの反乱分子が現れるのは比較的低いと思われるのだが、5年前に終戦した先の大戦の折りには平和慣れしたシンガプーラ神殿から前線突破されてしまったので、その教訓を受けてシンガプーラ神殿には選ばれた精鋭達が集まっている。


 という内容は神官学校で予習済みだ。


「実際、娯楽もないし、退屈な町なんだよね。この辺り。」


 柔和な笑みを浮かべたアイレン先輩が他意もなく言った。


「人間より家畜のほうが5倍多いし。」


「それは、若い男性にとっては刺激が少ないということでしょうか?」


 メモを取りながら顔を上げずに尋ねた。

 何故か答えないアイレン先輩。

 会話を聞いていた他の先輩神官も押し黙る。

 くいっとビン底眼鏡をあげてアイレン先輩の顔を見ると、気まずそうに視線を外した。別にアイレン先輩を咎めてる訳ではないんだけど。


「近年、この辺りの若者が大量に皇都に流動していますね。これは、他の町と比較しても顕著です。

 先輩の意見は同年代の男性の意見として参考になります。」


「ああ、そう?」


 アイレン先輩が、コホンと咳払いをする。


「娯楽のない退屈な町に魅力を感じない若い男性がこの地域にいなくなって、地域及び各家庭の警備が手薄になっていく訳ですよね。

 これは由々しき問題です。」


 平和が一番だと思う。

 しかし、平和に慣れてしまうと晴天の霹靂の様な突然の出来事に対処できなくなる。

 ましてや、そんな然るべき時に必要になる男手が無いとなると、この地域の被害が拡大することは必至だ。


 シンガプーラはラグドール皇国の中でも閉鎖的で田舎色が特に強く、娯楽施設や繁華街と呼ばれる場所がない。『自然が豊かで気候も穏やかで暮らしやすい』というキャッチフレーズで、スローライフに憧れた中高年の人口は年々増えていることも更に高齢化に拍車をかけている。


「だからといって、安易に娯楽施設を作ったところで若年層が定住するとは限らないよ。農閑期に出稼ぎに出て、そのまま出稼ぎ先から帰ってこなくなる人間が多い。農業より出稼ぎの仕事の方が楽しいんだろうね。」


「そういうものなのでしょうか。。。」


「みんな都会で恋人作って帰りたくなくなちゃうとか?」


 私とアイレン先輩の会話にリザ先輩が身を乗り出した。


「出稼ぎでそんなに都合よく恋人なんてできる?都会で大々的なお見合いパーティーでもしてるってならまだしも。」


「お見合いパーティーで知り合うかはわかんないけど・・・。

 この前、農家さんと話した時に

『恋人と一緒にいたいから家には帰らない』って。出稼ぎに出た息子さんから手紙が来たって言ってたもんだから。」


「そういうものなのでしょうか。」


「付き合い始めって一番楽しい時だからね~。片時も離れたくなくなっちゃったのね♡」


「純朴な田舎青年達が百戦錬磨の商売女に骨抜きになってる話じゃないのか?それ。」


「否定はしない。肉食系女子にメロメロなのはあるかもね。」


「そういうものなのでしょうか・・・。」


 同じセリフしか言ってないな、私。

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