MIGHTY RIGHT
シンカー・ワン
プロローグ・表 六月の雨
紫陽花があざやかに色づく頃、少女の両親は帰らぬ人となった。
この季節によくありがちな、雨による自動車事故。
葬儀にかかわるすべてが終わると、両親のために集まってくれていた人々が次々と、少女の両親が亡くなった日のような雨の中を去って行く。
少女の父も母も親族に恵まれておらず、ひとり残された彼女の今後についていくつかの声が上がったが、施設行きは間違いないだろうと言う空気でまとまっていた。
数日前まで親子三人楽しく暮らしていた我が家で、少女はひとり寂しく泣いていた。
ただただ悲しくて涙を流していた。
突然父や母がいなくなってしまった事に、ひとりになってしまった事に、自分のこれからに、すべての事柄が悲しくて、泣くしかなかった。
"いっその事、あたしも死んじゃいたい、お父さんとお母さんのところへ行きたい。"
心でそう叫びながら、嗚咽を漏らし震わせていた肩へ、ふいに温かな重みが加わる。
肩に触れた重みは少女の傷ついた心を包み込むようで、まるで亡き父のように大きくて優しかった。
「――
少女の背中越しに、低く甘い男の声が聞こえた。
声に対して振り返る少女が涙にぬれた瞳で捉えたのは、雨の中を急いで駆けつけたのであろう事がうかがい知れる、あちこちが濡れた喪服姿の壮年紳士だった。
「……何方、ですか?」
面識のない壮年に対峙した少女が尋ねると、男はバツの悪そうな顔をして、
「私は
「……お父さんの……お兄さん……?」
天涯孤独だと言っていた父に血縁者がいるとは聞いていなかった少女が、訝し気に問い返すと、
「同じ養護施設で、兄弟みたいに育った間柄で……。施設の事は、お父さんから聞いているかな?」
少し困ったような顔で言う壮年に、少女は頷く事で答える。
少女の返答にホッと胸をなでおろして、壮年は言葉続けた。
「施設を出てからも君のお父さんとはなにかと連絡を取り合っててね、もしも自分の身に何かあった時は、家族の事を頼むとお願いされていたんだ……」
壮年はそこまで言うと悲痛な表情になって言葉を切り、
「――他愛のない軽口だと思っていた、そんな日なんて来ない事をずっとずっと願っていた……、あいつは幸せであってほしかった、なのにっ……」
絞りだしたような声でそう言うと、堪えきれなくなったのか、己の顔を手で覆う。
父親の事をあいつと呼び、顔を伏せ広い肩を震わせる壮年に、少女は自分と同じ悲しみを見た。
"この人も、自分と変わらないくらいにお父さんの事を思ってくれている。"
葬儀に出てはくれていたが、どこか事務的だった他の人たちとは違って、自分と同じくらいに両親が亡くなったの事を、悔み嘆いてくれている。
その事が壮年に対し強いシンパシーを少女に抱かせ、初めて会ったにもかかわらず、近しい人間だと感じさせて、警戒する気持ちを解かせていった。
しばらくしのび泣いていた壮年がゆっくりと顔を上げ、少女をしっかりと見据えて、
「――知華くん、もしよければ私に約束を果たさせてほしい。あいつに代わって、君の成長を見届けさせてほしい」
落ち着いた、けれど熱量のある声で言う。
「……え?」
唐突な言葉に今ひとつ理解が及ばない少女へと、壮年は優しく微笑みながら、
「私のところへ来ないかい? ……私と、家族になってくれないかな?」
――家族。
失ったばかりのそれが、もう一度我が身に還る。
壮年の言葉をゆっくりと咀嚼する少女。
体の内側からあふれてくる暖かい何かが、少女の涙腺から涙になってこぼれだす。
「――ぅ、わあぁぁんっ」
泣きながら飛び込んできた少女を優しく受け止める壮年。
父親と同じような大きな手のひらが、少女の頭を優しくなでる。
おいおいと泣く少女の頭に顔を近づけて、
「一緒に来てくれるかい?」
問いかける言葉に頷く事で答える少女。
少女・大塚知華が十歳で迎えた梅雨の出来事。
両親を亡くしたけれど、新しい家族を得た日。
その日見た紫陽花の鮮やかさを、大塚知華は忘れない。
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